「老後のための退職金」を使い果たし…喪失と滞納通知
「退職したら、好きなことをやってみたい」——そう語っていたのは、63歳の山口英夫さん(仮名)です。
40年間勤め上げた製造業を定年退職し、まとまった退職金4,000万円を手にしたその年、英夫さんは長年温めていた「飲食店経営」の夢を実行に移しました。妻には「少しゆっくりする」とだけ伝え、実際には物件探しから開業資金の手配まで独断で進めていたといいます。
子どもはすでに独立。住宅ローンも完済し、「老後資金も十分ある」と思い込んでいた英夫さんは、開業費用に1,500万円を投じ、さらに設備や宣伝費などで追加の出費がかさみ、半年で3,000万円以上を使ってしまいました。
想定外だったのは、客足がほとんど伸びなかったことです。「SNSでバズれば一気に流行る」とのアドバイスを信じて広告費にお金を注ぎ込みましたが、効果は一時的。立地や価格設定にも課題があり、固定客はつきませんでした。
経営の悪化をカバーするために年金に頼るようになった英夫さん。しかしその行為が、さらなる地獄を招きます。
開業届を出して収入が発生したことで、妻の加給年金(※)が支給停止となり、二人分の年金収入が月7万円も減少しました。さらに、事業の赤字が続く中、国民健康保険料や住民税の支払いが遅れ、納付書の督促が届くようになります。
※ 加給年金とは、老齢厚生年金の受給者に生計を同じくする配偶者等がいる場合に支給される年金の加算分。起業などで収入があると支給停止になる場合があります。
この時点でも、英夫さんは「そのうち軌道に乗る」と信じて疑いませんでしたが、妻に資金の使途が知られたのは、退職金口座の残高がゼロになった頃でした。
「私は老後を大切に暮らしたかっただけなのに」と語った奥様は、驚きと怒りで言葉を失ったといいます。
