登場人物
佐藤翔太…28歳。年収500万円くらい。大学を卒業後に上京。東京にある出版社に入社し、現在は編集者として働いている。企画が中々通らず、日々苦戦中。
井堀教授…70代の経済学者。東京大学の名誉教授。知的で鋭い目つきが特徴。毎朝カフェで新聞を読んでいる。多数の著書を執筆しており、受賞・受章も多数ある。
「世代間の不公平」は考えの視点で変わる
佐藤:社会保障って勤労世代から高齢世代への再分配とよく言われますけど、世代間の公平ってどう考えるんでしょうか?
井堀:難しい問題だね。賦課方式だと、まさに今の勤労世代が今の高齢世代を支える構図だけど、本当に今の高齢世代のほうが経済的に厳しいのかとか、将来の世代との不公平はないかなど、突っ込んで考えると、世代間の損得をどう評価するかが重要になってくる。
佐藤:たしかに。世代のどこに重きを置くかで、政策判断は変わりそうですね。経済学ではどう整理しているんですか?
井堀:代表的な価値判断として、2つの基準がよく挙げられる。1つはベンサム基準。これはすべての世代の効用(=経済的な満足度)の総和を政府の価値判断とする考え方。一方、ロールズ基準は最も恵まれない世代の効用(経済的な満足度)のみを政府の価値判断とするもの。ロールズ基準だと最も恵まれない世代を救済できるなら、ほかの世代が損してもいいという考え方だね。
佐藤:なるほど。ベンサムだと全体の効用合計、ロールズだと最貧困世代を重視。あと、将来世代の扱いをどうするかもポイントですよね?
井堀:うん。ベンサム的な価値判断では世代間割引率という考えがあって、将来世代になるほど現在の世代と比べて効用を小さく見る(重視しない)傾向があるんだ。割引率が高ければ高いほど、今の世代のメリットを優先して、将来世代に負担を押し付けることを正当化しやすくなる。つまり、今の赤字財政で後々の世代にツケを回してもかまわない、という判断が正当化されやすい。
佐藤:世代間の経済状態を比較するのに将来の経済成長率が大きく関係するって聞いたことがあるんですが……。
井堀:要はこれからの世代の所得レベルが、どれくらい伸びるかって話。もし今後も高い成長が期待できて、将来世代の所得がさらに増える見通しなら、少しぐらい負担を後に回しても、豊かになる将来の人たちが余裕を持って払えるだろう、という考えが成り立つんだ。
佐藤:高度成長期の日本みたいに、子どもの世代が親の世代よりも豊かになるなら、負担先送りも理にかなう、と。
井堀:そういうこと。賦課方式もその前提で若い世代が高齢世代を支える構図を正当化しやすかったんだ。子どもも多かったし、1人当たりの負担も軽くなるからね。
佐藤:でも今は、もはや高い成長率は見込めないし、子どもの数も減っていますよね……。
井堀:うん。経済成長が低い、あるいはマイナス成長に近い状態になると、将来世代の所得は今より増えないかもしれない。そんな中で負担を先送りしてしまうと、将来世代は今より厳しい状況で重い負担を背負うことになってしまう。子どもが少ないぶん、一人ひとりの負担も大きくなるし、これまでと状況が正反対になるわけだね。
佐藤:だから賦課方式でずっとやっていけるのかという疑問が出てくるわけですね。
井堀:そう。高度成長の前提が崩れた今、社会保障制度をどう見直すかは必須のテーマだね。

