登場人物
佐藤翔太…28歳。年収500万円くらい。大学を卒業後に上京。東京にある出版社に入社し、現在は編集者として働いている。企画が中々通らず、日々苦戦中。
井堀教授…70代の経済学者。東京大学の名誉教授。知的で鋭い目つきが特徴。毎朝カフェで新聞を読んでいる。多数の著書を執筆しており、受賞・受章も多数ある。
ベーシックインカムは実現可能か
佐藤:ベーシックインカムって、つまりどんな制度なんですか?
井堀:簡単に言うと、国民全員に一定額を一律に支給する仕組みだよ。所得や資産の多寡に関係なく、毎月あるいは定期的に最低限生活できるだけの金額を配るイメージ。その代わりに現行の生活保護や公的年金といった既存の社会保障給付を廃止しようという案だね。
佐藤:なるほど。すべての国民に一律で渡すってことは、給付対象の選定が必要ないから、行政手続きがシンプルになるんですね。
井堀:それがメリットだね。現行の制度だと誰が本当に困っているかを確認するのは難しいし、下手をすると不正受給や事務コストが増える。しかしベーシックインカムなら、全員に同じ額を配ればいいから、そういう問題がなくなると期待する声がある。
佐藤:ベーシックインカムって理想的な響きがありますが、実際に実現できるんでしょうか?
井堀:最大のハードルは財源だね。仮にすべての国民に年間100万円を支給すると、人口1.2億人に対して120兆円の予算が必要になる。今の年金給付と生活保護の総額を合わせても60兆円程度だから、ベーシックインカムのためにさらに60兆円が必要になるわけだ。これは現行の社会保障歳出を大きく上回る。
佐藤:それだけのお金をまかなうのは簡単じゃないですね。世界で導入している国はあるんでしょうか?
井堀:今のところ、全面的にベーシックインカムを採用している国はないね。部分的な試験導入や実験はあっても、財源面の制約が大きくて、実用化まで踏み切れないのが現状だよ。
生活保護をどう考えればいいか
佐藤:生活保護って最後のセーフティーネットって言われますけど、問題点もいくつかあるんですよね?
井堀:うん。生活保護はほかに収入がない人の最後の頼みの制度だから、受給者は増加している。特に高齢者が多い。しかし、自治体による受給資格の審査が不透明になりがちなんだ。審査基準が厳しすぎると、本来受けられる人が弾かれるし、甘すぎると本当は貧しくない人まで受ける可能性がある。しかも地域の社会規範が影響して、受給申請を恥と考えるか、権利と考えるかでも認定率が変わってくる。
佐藤:社会規範が高い壁になることもあるし、逆に過大申請を誘発することもあるんですね。それ以外にはどんな問題があるんでしょう?
井堀:もう1つの問題は勤労意欲の阻害。生活保護は最低限の生活費が支給されるけど、自分が働いて所得が増えると、そのぶんだけ給付が減る。だったら働くほど損になりかねない。結果として、働くよりも生活保護で暮らしたほうが楽という人も出てきてしまう。
佐藤:働いても収入が差し引かれるなら、生活保護を受けて暇つぶしを選ぶ人がいるのも理解できるかも……。あとは医療費が全額免除される問題もあるんですよね?
井堀:そう。自己負担ゼロだから医療サービスを無制限に使ってしまう可能性がある。
佐藤:生活保護は働く意欲を削ぐ面があるって話でしたが、それに代わるような制度はあるんでしょうか?

