医薬品に200%関税…米製薬企業の約10年前の「海外移転断念」の選択は正解だったのか【国際税務の専門家が解説】

医薬品に200%関税…米製薬企業の約10年前の「海外移転断念」の選択は正解だったのか【国際税務の専門家が解説】
(※写真はイメージです/PIXTA)

トランプ大統領は2025年7月8日、輸入医薬品に最大200%の関税を課す可能性があると発表しました。約10年前、税負担を回避するために海外移転を企てた米製薬企業は、政府の規制強化によりその道を断念した経緯があります。米国にとどまったことは果たして得策だったのでしょうか――いま、その選択が再び問われています。

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トランプ大統領、医薬品に最大200%の関税案を発表

2025年7月8日、トランプ大統領は、輸入医薬品に対して最大200%の関税を課す可能性があると発表しました。

 

2025年版の製薬会社世界ランキング(Answers News調べ)では、上位は以下の通りです。

 

第1位:ロシュ(スイス)

第2位:メルク(米国)

第3位:ファイザー(米国)

第4位:ジョンソン・エンド・ジョンソン(米国)

第5位:アッヴィ(米国)

 

高税率時代と米国法人の海外移転計画

米国では、1986年の税制改正以降、2017年のトランプ政権による税制改革まで、法人実効税率が約40%と高水準で推移していました。2018年1月以降、この税率は21%に引き下げられています。

 

この高税率の時代、米国企業は「納税地移転取引(Tax Inversion)」と呼ばれる節税策を模索していました。これは、米国法人が法人税率の低い国(英国、アイルランド、カナダなど)の法人を買収し、本社機能を移転させることで、課税負担を軽減しようとする動きです。

 

たとえば、当時の各国の法人税率は以下の通りでした。

 

英国:2015年から20%

アイルランド:12.5%

カナダ:州によって異なるがおおむね20%台

 

ファイザーの買収計画

2014年5月、米国大手のファイザー社(現在の世界第3位)は、英国のアストラゼネカ社の買収を試みました。これは納税地の移転による税負担の軽減を目的としたものとされ、大きな波紋を呼びました。

 

このような動きが続けば、米国政府にとっては法人税収の流出という大きなリスクとなります。実際、同年7月には、アッヴィ社(現在の世界第5位)もアイルランドのシャイヤー社を買収しました。

米国財務省による緊急対応

これを受け、米国財務省は2014年9月22日に、2015年度税制改正に向けた意見書(以下「財務省通知」)を公表しました。

 

たとえば、米国法人(旧S社)が英国に本社を移転し、英国法人(P社)の子会社(S社)となった場合でも、以下の条件を満たす場合は、旧S社の株主による実質的な支配が継続しているとみなされ、米国での課税義務が残るとされます。

 

この通知の要点は以下の通りです。

 

・S社の英国における事業割合が25%未満

 

・旧S社の米国株主がP社の60%以上の株式を保有

 

さらに、株主の継続所有率が80%以上である場合、S社はその所在地に関係なく、米国法人として扱われます。このため、実質的に納税地の移転は認められず、節税効果はなくなります。

 

一方、所有率が60%以上80%未満である場合は、S社は外国法人として認められますが、米国内における事業活動に対しては一定の課税規制が課されます。

 

米国政府は大手製薬企業の海外移転を抑止するために、迅速に制度的対応を行いました。その結果、多くの米国製薬会社は本社を海外へ移転せず、引き続き米国内にとどまることとなったのです。

トランプ政権の新たな関税政策と企業の「選択の結果」

今回のトランプ大統領の発言によって、医薬品への200%関税が実際に発動されるかどうかは依然として不透明です。しかし、今から約10年前、節税目的で海外移転を模索していた米国製薬企業にとって、今回の政策は「移転しなかった選択」が正しかったのか、それとも誤算だったのかを振り返る機会となるかもしれません。

 

今こそ、当時その判断を下した各社の経営陣に、今回の関税発表をどのように受け止めているのかを聞いてみたいところです。

 

矢内一好

国際課税研究所首席研究員

 

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