「不動産鑑定評価」でのトラブルは意外と多い
第11回の連載でも説明したとおり、親の相続物件を子どものプライベートカンパニーに移す際の3つの方法のうちのひとつに、「現物出資」がありました。現物出資で移転する場合には、出資した不動産の評価額をどう設定するかが大きなポイントになってきます。
現物出資だけに限った話ではありませんが、同族間売買による譲渡所得税を計算するときに土地などの評価額をどう決めるのかによって税額は大きく異なってくることになります。そこで「不動産鑑定士」に依頼して鑑定評価書を作成してもらうのがおすすめですが、実は、不動産鑑定士が作った鑑定評価でトラブルになるケースが意外と多いのです。
これは鑑定士業界の考え方と税務署の考え方とが異なるためですが、国税不服審判所にしても、裁判所で出された判例を見ても、鑑定士業界の常識である「鑑定評価基準」が国税では通用しない場合があります。
この背景には、最高裁で不動産鑑定手法をめぐって「国税側が主張する手法のほうが正しい」という「判例」が出てしまっているためです。そういう意味では、不動産鑑定士に現物出資対象の物件を鑑定してもらう場合は注意が必要です。税務署で通用するためには、税務署の思考回路を織り込んだ鑑定書を作成して申告しないと、税務調査などのリスクが高まってしまいます。
特に、不動産鑑定士の習性として、顧客=この場合はより安い価格で評価してほしいという納税者のニーズに合わせてしまう面があるので注意が必要です。つまり、鑑定士業界の常識と税務署の常識との微妙なブレを理解している税理士と、税務訴訟の判例等に通じた鑑定士でないと、トラブルの原因になるということです。本来なら税務のシーンにおいて非常に有用な鑑定評価書ですが、税務申告には使わない、という税理士さんが多いのには、こうした事情があることを理解しておきましょう。
「評価手法の違い」を説明できない鑑定士には頼まない
もともと不動産鑑定評価の手法には、大きく分けて「原価法」と「収益還元法」という2つの方法があります。
原価法というのは、土地の取引事例などから算定して土地価格を計算したり、建築コストなどから価格を算定したりしていく方法です。過去にあった取引事例や支払ったコストなどから算定して、不動産価格を決めていく実践的な価格です。
対する収益還元法は、この物件がこれから上げるだろうと予測される収益からその不動産の価格を求める鑑定手法です。
節税のために不動産鑑定評価を頼むときには、通常の鑑定評価書と税務署提出用の違いを不動産鑑定士に聞いてみてください。明確な違いを説明できない鑑定士には税務用の鑑定評価書は依頼しないほうがよいでしょう。
銀行でも、担保計算するときは原価法に近い手法が使われますが、積極的に不動産の価値を評価して融資を行っている金融機関の中には、収益還元法による査定をしてくれるところもあります。
収益還元法では激安、原価法だと通常価格になる!?
原価法と収益還元法の違いについては、厳密には違うかもしれませんが、イメージしやすいように解説すると、新潟県の湯沢とか静岡県の熱海にあるリゾートマンションがわかりやすいかもしれません。100㎡程度で、通常なら2000万円前後の原価法の価格になるのですが、実際にはそれこそ50万円とか100万円という破格の値段がついている物件をよく見かけます。
これは温泉地特有の現象ですが、温泉付きのリゾートマンションであるがゆえに、月額5万円とか6万円といった「温泉管理費」が、他の物件よりも別に多くかかってしまうという特徴があります。
自分で自宅のように使う、あるいは会社の保養所にするというのであれば別ですが、まず買い手がつきません。そこで市場では100万円などという価格がつくわけです。場合によっては、マイナス価格(オーナーが現金を支払って買ってもらう)というケースもあるようです。
こうした物件は、収益還元法のような考え方で見ると極端に安くなってしまうわけです。それこそ市場価格に限りなく近い価格になるかもしれません。ところが、原価法で見ると2000万円ぐらいの不動産評価額になります。当然、相続税の申告では原価法が採用されているわけですから、大きな負担になります。要するに、税務署サイドでは、原価法を採用することで課税評価額をより高くできるというわけです。こうした温泉付き物件の場合、時価50万円で買ったら、不動産取得税だけで100万円かかったなどというケースもあるようです。
いずれにしても、不動産鑑定士が使っている鑑定評価基準どおりでは、税務署では通らない場合があることを覚えておきましょう。
最近は、税務署内にも「評価専門官」と呼ばれる専門職が配置されていることが多くなりました。不動産鑑定士に近い知識を学んだ専門官で、鑑定士の勉強をした人なども中にはいるようです。税務署内部にも不動産鑑定士試験の勉強会があるなど、積極的に不動産鑑定の勉強をしている傾向が強いようです。
要するに、税務署内部でも資産の評価に対して専門的な対応をする時代になったということです。不動産鑑定業界と税務署の鑑定に対する考え方の違いなども含めて、不動産鑑定の仕組みなどはきちんと把握しておくべきでしょう。