今回は、孔子の説く「四十にして惑はず」は可能なのかを探っていきます。※本連載は、作家、ビジネス評論家、テレビコメンテーターとして活躍する江上剛氏の著書、『働き方という病』(徳間書店)の中から一部を抜粋し、論語で示された孔子の言葉をヒントに、仕事上で直面するさまざまな問題に立ち向かう方法を探ります。

健康面、家庭面・・・40代は「迷いの多い年齢」

表題に挙げた質問も先ほどの孔子の言葉「四十にして惑はず」からのことだ。孔子は15歳で学問の道に志し、30歳で自分の学問に自信を持ち、この道で行くと決意し、40歳であらゆることを判断する際にも迷いがなくなったという。

 

孔子の言葉のせいで40歳のことを「不惑」というようになったのだが、実際はどうなのだろうか。

 

日本では42歳は厄年だ。それは健康面や家庭面、社会生活面で、この辺りの年齢が最も負担が大きいからだ。

 

若いころのように無理が利かなくなった。家庭では、まだ子供が幼い。彼らのことを考えれば、もっと働かねばならない。ところが会社では責任ばかり重くなって、昇進も昇給も思い通りにならない。部下もわがままで自分についてきてくれない・・・。とにかく40代は、不惑どころか迷いの渦中にあると言っていいだろう。

 

私は、かねてからこの孔子の言葉には疑問を持っていた。三十にして立つことも、四十にして惑わないことも・・・。孔子だから、このように言えるのだが、孔子は言外に、お前たち凡人はこうはならないから、心しなさいと言っているように思うのだ。

 

すなわち40代は、「不惑」ではなく「惑」すなわち迷いの年齢だ。

 

私も42歳の時、大きな人生の岐路に立った。勤務していた銀行で総会屋事件が発生したからだ。金融界が今まで経験したことがない未曽有の大スキャンダルだった。私は、この事件をスルーして過ごすことも可能だった。自分の権限外のことだったからだ。

 

私は広報部次長だったが、事件の直接的な責任は、その原因を作った総務部、審査部、営業部などにあった。広報部などは、事件が起きて、それを対外的に広報するときにだけ働けばいいのだ。

 

しかし私は、事件の全面的処理とその後の銀行の体制作りにまで関与した。権限外もいいところだ。実際、「お前はなんの権限で私に命令するのだ!」と役員に言われたこともある。私は「銀行の誇りを守るためだ」と怒鳴り返したが・・・。

 

私はあの時「不惑」だったのだろうか。危機に際しては、一瞬、一瞬の判断に迷うことがあってはならない。

 

あの時、事件の処理に突き進むとき、私は多くの決断をした。株主総会の公開、総務部の解体、委員会制の導入など新体制作りにも多くの決断をした。あの時、迷ったと思う。しかし方向を決めねばならなかった。多くの行員や役員たちが私の決断を待っていたからだ。

 

決めるというのは「捨てる」ことだと思った。私自身の出世、評判、キャリアなどを全て捨ててかからねば、決断はできない。

 

「不惑」とはそういうことだ。「惑」するのは、選択肢が多いからだ。孔子も私も自分の前に提示されている選択肢を捨てて、一つだけを瞬時に選んだのだ。孔子は「道」。私は「誇り」だ。

譲れない「信念」を持ち、守り抜くこと

孔子は「吾が道は一以て之を貫ぬく」(里仁第四)と言う。また別の個所では「予は一以て之を貫く」(衛霊公第十五)と言う。孔子は、自分の道は一つだ。その道をひたすら歩いているのだと言うのだ。

 

あなたは状況に応じていろいろな判断を下すだろう。ある時は、矛盾したように見えるかもしれない。部下が、あなたに向かって、言っていることが、やっていることが、この前と違うと批判するかもしれない。

 

しかしあなたは「一以て之を貫」いているのだ。自分の信念、それは私が事件に対処したときの「誇り」かもしれないし、あるいは会社への「愛」、部下への「思いやり、恕じょ」かもしれない。

 

いずれにしてもあなたは自分の一つの思いを信念として決断するのだ。それ以外のものを求めてはいけない。それが「不惑」ということだ。40代は、「惑」の年代だ。だからこそ「不惑」でなければならないという矛盾多き年代なのだ。

働き方という病

働き方という病

江上 剛

徳間書店

大手メガバンクで数々の修羅場をくぐってきた著者が、誰もが仕事上で直面するさまざまな実例を挙げ、東西の古典(論語、孫子、老子、聖書など)から最強の言葉をセレクト。 「あなたにはまだまだ発揮できる力がある!」。逆境…

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