なぜ医療業界の人事考課制度はうまく機能しないのか
「この評価は納得できません!」
ある中規模病院の看護師として勤務するAさん。彼女は優秀で、医師からの信頼も厚く、整形外科病棟の看護チーム責任者として重要な役割を担っていました。しかし、昨年の人事考課ではなぜか低い評価をつけられていました。大きなミスをしたり、生産性が下がったりしたわけではありません。
疑問に思い、別の看護チームに所属する同期のBさんにそのことを話すと、Bさんはこれまでと変わったことはしていないけれども、高い評価を受けたというのです。
2人の仕事ぶりにそれほど違いがあったように思えません。それなのに、なぜそんなに評価が分かれるのか、自分たちに対する評価がどのように決められているのか……Aさんは、病棟を統括する看護師長に直接話を聞きに行きました。
すると、Aさんが所属するチームと他チームとでは、病棟が別であるため評価者も違うこと、さらに病棟によって評価基準の解釈や運用が異なることがわかったのです。
結果的に今回のような差が表れたのではないかと考えたAさんは、評価者によって評価のつけ方が異なるのはおかしいと看護師長に訴えました。事務方の人事担当にも相談しに行きましたが、「看護師長がしっかり見ているのだから間違った評価はついていないだろう」「現行の人事考課制度を変えるのは時間がかかる」といって、話を聞いてくれません。
Aさんは誰にいっても無駄だと諦めて仕事に戻ることにしましたが、この件をきっかけにモチベーションが低下してしまいました。以前のようにいきいきと働く姿がみられなくなっていき、3ヵ月後には退職届を提出し、別の病院へ転職を決めました。
人事評価では、職員に不公平感を抱かせてしまうと、職場全体のモチベーション低下につながってしまう可能性があります。放置すれば、やがて離職者が増えることにもつながりかねません。優秀な人材が職場を去ってしまえば、残った職員に負荷がかかり、さらなる離職を招きます。結果として病院全体のサービスの質が低下するという悪循環に陥ってしまいます。
医療業界では、多くの病院が人事考課制度を適切に運用できていません。その背景には、医療現場特有の事情が大きく関係しています。
医療現場は医師、看護師、コメディカルスタッフといった多様な職種が連携して患者を支えています。それぞれが高い専門性を持ち、業務の内容も多岐にわたるため、公平な評価基準を作るのは簡単ではありません。
医療行為自体は医師を中心として行われますが、看護師やコメディカルスタッフの上司は医師ではありません。看護師やコメディカルスタッフはそれぞれの課に所属しており、それぞれの上司がいます。
また、医療の質を数値で表すのが難しいことも、評価基準が曖昧になりやすい理由の1つです。たとえば、迅速かつ的確な対応が求められる医療現場では、スタッフ間の意思疎通や連携が非常に重要です。
また、患者の訴えにしっかりと耳を傾け、不安を抱える患者に寄り添うことも求められます。しかし、これらのコミュニケーション能力を数値化することは、非常に困難です。そのため、どうしても評価者の主観に頼る部分が増え、評価がばらついてしまいます。
患者満足度と人事考課制度のジレンマ
もう1つ見逃せないのが「医療の質」に対する評価の問題です。
近年、医療サービスの質的向上が強く求められています。単なる治療成績だけではなく、患者への良質なサポート体制など、医療サービス全般の質が問われるようになっているのです。
そのなかで、患者満足度は病院の評価や評判を大きく左右し、患者数や収益にも直結する重要な指標として注目されています。
患者満足度を左右する要素は「医師や看護師の対人マナー」「医師や看護師の専門技術能力」「病院の設備・利便性」「医療費」などです。治療の成果などの「客観的な評価」に加えて、患者が感じる心理的な安心感や配慮といった「主観的な評価」が含まれています。
治療実績や手術件数などの「客観的な評価」は、患者に安心感を与えるだけでなく、病院全体の信頼を高める基盤となります。
一方で、医療スタッフの態度やコミュニケーション能力、説明のわかりやすさなどの「主観的な評価」は患者によってよいと感じるところが異なります。たとえば患者がスタッフとの会話から安心感を得たり、丁寧で温かな対応に信頼を抱いたりすることがよくあります。
それに対して、すばやく無駄がなく効率のよい対応を評価する人もいます。つまり、心理的な側面は数字では測りづらく、患者1人ひとりの主観に依存する部分が大きいのです。
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