尊重されるのは「遺言者の最終意思」か「公序良俗」か?
前回の続きです。一方で民法は、遺言自由の原則として、遺言者の最終の自己決定を尊重する立場を取っています。内妻Dさんは、Aさんの遺言書は、Aさんが自己の最終意思を明らかにしたものであることを根拠に有効であると主張しているものと考えられます。
判例を見てみると、不倫な関係にある女性に対して包括遺贈(※)した公正証書遺言を公序良俗に反して無効とした下級審判例もあります(東京地裁昭和63年11月14日判決判例時報1318・78)が、本件同様の事実関係で、「遺贈が、不倫な関係の維持継続を目的とせず、もっぱら同女の生活を保全するためになされたもので、相続人の妻子も遺産の3分の1を取得するものとされていて、女性への遺贈により相続人の生活の基盤が脅かされるものとはいえないなどの事情があるときは、遺贈は公序良俗に反して無効とはいえない」旨判示した最高裁判所の判例もあります(最高裁昭和61年11月20日第一小法廷判決民集40・7・1167)。
この最高裁判例の考えによれば、Dさんは遺言書を無効とされずに済みそうです。
※包括遺贈ってなんですか?
先ず遺贈とは、遺言者が遺言によって自分の財産を無償で他人に与える行為です(民法964条)。遺贈には特定遺贈と包括遺贈があり、特定遺贈とは、遺言者が有する特定の財産を特定して他人に無償で与えるものであり、包括遺贈とは、遺言者が有する財産の全部又は一部を一定の割合で示して他人に無償で与えるものです。
「公序良俗に反しない遺言書」とするための注意点
≪トラブルを避けるためのワクチン接種≫
本件のような不倫関係にある者が亡くなった場合は、妻Bさんと内妻Dさんのように妻と不倫相手とが遺産をめぐってトラブルになることはある程度避けられないことだと思います。そのため、Aさんも考えて遺言書を残したのでしょうが、よほど注意して内容を考えなければ公序良俗に反して無効だとされかねません。
例えば、Aさんが全財産を内妻Dさんに包括遺贈するとしたらどうでしょうか。その結果、Aさん名義の自宅に暮らしていた妻Bさんの生活の基盤が脅かされることになるのなら、財産供与の範囲が著しく不相当であり、先の最高裁の考え方によっても遺贈の全部を有効とすることはないといえます。
また本件と異なり、Aさんと内妻Dさんとの不倫関係がAさんBさん夫婦の関係を破綻させる原因となった場合も遺贈を無効とされかねません。
包括遺贈にも、相続財産の全部を包括遺贈する全部包括遺贈と、例えば「全財産をA、B、Cの3名に3分の1ずつの割合で包括して遺贈する」といったように分数的な割合による割合的包括遺贈の2種類があります。
要するに、Aさんのような立場にいる者は、自分が不倫関係というそれ自体公序良俗に反する行為を行っている最大の有責者であることを常に自覚し、先の判例理論を参考にした上で良識ある内容の遺言を書くことが遺された者のトラブルを避ける最良の方策でないかと思います。
公正証書で遺言を作成する場合は、十分この点について公証人に相談し、助言を得て決めてください。専門家の助言を得る姿勢もトラブルを未然に防ぐ有効なワクチンといえるでしょう。