遺言書の「万一の事」「本件全て」という言葉が争点
≪トラブルの事案≫
Aさんは、甲株式会社の常務取締役で、家族は妻Bと子Cがいましたが夫婦仲は悪化していました。
Aさんは体調を崩して乙病院に入院したのですが、そのときもBは一度も病院に見舞いに来ず、Aさんが妻Bと連絡を取ろうとしてもとれませんでした。そして乙病院退院後、妻B、子Cらと別居し、Bから離婚調停を申立てられました。そのせいもあってかAさんは酒に頼る生活が続き、アルコール依存症になっていました。
ただAさんは入院中、妻と連絡が取れなかった代りに久しく疎遠となっていた弟のDと連絡を取り合うようになり、Dを頼り、その経済的援助も得るようになって2人の関係は修復に向かっていました。
ところがその後、Aさんはストレスがたまったのが原因か自ら命を絶ってしまいました。勤務先ではAさんが出勤しないので弟Dさんに連絡を取り、不審に思ったDさんがAさんのマンションを訪ねたところ、自殺していたAさんを発見したのです。Aさんの勤務先の執務机の中から、次のような書面が出てきました。
これは、Aさんがすべて自筆で書き、日付も入っている書面で遺言書と思われましたが、同じ机の引き出しからは現金5万円入りの財布、預金通帳、キャッシュカードなどもあわせて発見されました。
ところが妻Bはこの遺言書は、「万一の事」「本件全て」の意味が不明確で遺言書としては無効だと裁判に訴えてきました。
遺言書は付け入る隙を与えない「明瞭な言葉」で記載
≪トラブル診断≫
Aさんの残した書面は、全文Aさんが自筆で書いたもので日付も入っていて自筆証書遺言と認められるものだったのでしょう。妻Bは意味が不明確と主張しましたが、確かにこの遺言書に書かれてあるのは簡単な一文にすぎないものですが、この書面が書かれた当時の事情やこの遺言書が執務机の引き出しの中に置かれ、同じ引き出しの中にAさんの財産的価値のあるものも保管されていたことなどを考慮すれば、それらを弟のDに遺贈すると明確に読み取れると思います。
また遺言書が書かれた時期はAさんと弟Dさんの関係が修復し、AさんがDさんを頼りにしている時期であったことからもAさんがこれらの財産をDさんに残そうとした動機も十分窺えます。本件事案も実際の事案をもとにしたもので、実際、裁判所も遺言書の有効性を認めました(大阪地裁平成21年3月23日判決判例時報2043・105)。
≪トラブルを避けるためのワクチン接種≫
遺言書を書いたのに裁判で争われるケースは、前節でも述べたように書いてある内容が一義的でないとか明瞭性に欠けるため解釈次第ではどのようにも読み取れ、遺言者の真意がどこにあったのかを確定しがたい事案がほとんどだと思います。そのため。自筆証書で遺言書を書く場合は、法で定められたルールを守ることはもちろん、できる限り明瞭な言葉で、かつ二義を許さない表現で、端的に誰に何(どのような財産)を相続又は遺贈するのかを記載することが大切です。
要するに付け入る隙を与えない表現とすることに心掛けてください。裁判例では、「○○に全てをまかせます」との記載の趣旨が単に遺産分割手続きを任せるという意味だと争われたケースで、裁判所が「包括遺贈の趣旨」と認定してくれた例(大阪高裁平成25年9月5日判決判例時報2204・39)も見られますが、裁判で勝ったから良いというものでもなく、争われると経済的、時間的、更に精神的にも大きなロスが生じますのでくれぐれもご注意ください。
もっとも、本件のAさんは、奥さんから離婚調停を申立てられアルコール依存に陥ったり、結局自殺に追い込まれるような状況にあったのであり、細かなところまで気を配る心の余裕までなかったのかもしれません。遺言書を書こうと思ってもうまく書けないので挫折するという方もいるようです。そのような方は是非公正証書で遺言書を作ることをお勧めします。