以前の同意が反故!? 母の死後、兄弟に遺留分を請求された事例

今回は、母の死後、以前の「同意」を反故にして兄弟から遺留分の請求をされた事例を見ていきます。本連載は、日本公証人連合会理事・栗坂滿氏の著書、『トラブルのワクチン―法的トラブル予防のための賢い選択―』(エピック)の中から一部を抜粋し、遺言、相続にまつわるトラブルとその予防・解決法を紹介します。

母親を看護した長女がすべての不動産を相続することに

≪トラブルの事案≫

Aさんには、夫との間に長男B、二男C、三男D、長女Eの4人の子どもがいましたが、夫に先立たれ、夫の遺産全部を1人で相続しました。

 

Aさんはご主人の死亡時、独身の二男Cと学生の三男Dの2人と借地上に建てた夫名義の居宅(以下、「旧宅」といいます)に暮らしており、長男Bは妻子と別の公団住宅に、また長女Eも夫や子どもと別の賃貸住宅に住んでいました。

 

Aさんの今後の生活のことなどについて子どもらが話し合い、一時長男B夫婦が旧宅に同居して世話をすることになりましたが、Aさんと長男Bの妻との折り合いが悪く、すぐに長男夫婦が家から出て行ったので、再び子どもらが話し合い、長女Eが夫や子ども達と一緒に旧宅に移り、Aさんと同居することになりました。長女E夫婦は自分たちで費用を出して旧宅を修繕し、また借地の賃料の大部分を負担するようになりました。

 

歳月が流れ、二男Cや三男Dも独立して旧宅を出ていきました。Aさんは親身になって扶養・看護して孝養を尽くしてくれる長女Eやその家族と今後も一緒に暮らすことを強く希望し、そのため長女家族の孝養に報いるため旧宅の敷地の一部を賃借権と等価交換の方法で地主から買取り、その土地上に長女E夫婦らの新居を建ててもらって一緒に暮らし、ゆくゆくはその敷地をE夫婦に譲渡することを考え、長男B、二男C、三男Dらに話したところ全員賛成し、長女E夫婦も承諾してくれたため計画を実行に移し、敷地の一部を手に入れました。

 

そして取得した土地(以下、「本件土地」ということにします)上に長女E夫婦がローンを組んでE夫婦名義の新居を建築し、その家でAさんは長女E家族とともに暮らすようになりました。

 

 

Aさんは、子どもら全員が承知してくれていたので自分の死後に長女E夫婦が確実に本件土地の全部を相続できるように遺言書を書いておこうと考え、弁護士に相談したところ、子どもら相続人には遺留分の権利があることを聞かされました。いくらAさんが所有の本件土地を長女Eに全部相続させる旨の遺言書を書いても、Aさんの相続人長男B、二男C、三男Dは遺留分が認められていて遺留分減殺請求権(※)を行使すると法定相続分の2分の1の権利主張ができるというのでした。

 

そこで弁護士の勧めもあり遺言書を書く前にB、C、Dらに長女Eが本件土地全部を相続し、B、C、Dらは相続権を放棄することに異存がない旨一筆書いてもらおうと思い、その内容の文書を作り、B、C、Dもその書面に署名捺印しました。それからAさんは公証役場に赴き、本件土地をEに相続させる旨の公正証書遺言を作成したのです。それが次の遺言書です。

 

 

その後、Aさんは亡くなりましたが、長女Eさん夫婦と一緒に暮らした年数は約21年にもなっていました。

 

ところが長男Bと三男Dの2人は、長女Eさんに対し、遺留分減殺請求をしてきて本件土地上の所有権一部移転登記手続を求めてきたのです。

 

長男Bらの請求が認められると、長女Eさん夫婦には長男Bや三男Dの持分を価額によって弁償して返還義務を免れる(民法1041条)だけの資力はなく、折角建てた新居とともに本件土地を処分せざるを得なくなり大いに困っている状況にあります。

「信義誠実の原則に反する」訴えは認められない

≪トラブル診断≫

この事案は、東京高裁平成4年2月24日判決(判例時報1418・81)の事案を下にしており、同判決では、長男Bや三男Dの遺留分減殺請求は、信義誠実の原則に反するものであり、権利の濫用に当たるといわざるをえないとして裁判所はその訴えを退けました。

 

長女Eさん夫婦も一息つくことでしょう。遺留分減殺請求権も私法上の権利である以上民法の一般原則に従い、信義に従い誠実に行使することを要し、その濫用は許されないのです。

 

遺留分減殺請求権ってなんですか?

先ず遺留分とは、兄弟姉妹以外の相続人に対して保障された相続割合の利益のことで、その割合は、父や母という直系尊属だけが相続人の場合は、被相続人の財産の3分の1で、それ以外の子や配偶者が相続人の場合は、被相続人の財産の2分の1となります(民法1028条)。

 

ただ、遺言者は、遺留分を気にすることなく遺言書で財産の処分を決めることができ、遺留分を侵害した遺言は当然無効となるわけでなく、侵害された相続人が遺留分を主張して請求することができるにすぎません。この遺留分の利益を請求する権利のことを遺留分減殺請求権といい、それを行使するかどうかは、遺留分権利者の自由な意思に委ねられています。

徳島公証役場 公証人 芦屋大学 客員教授

京都府出身。関西大学法学部卒業後、1983年検事に任官。以後、大阪、京都、神戸、広島など関西、西日本の高検・地検を中心に勤務し、京都地検公判部長、広島高検刑事部長等を経て、2011年神戸地検尼崎支部長を最後に退官。同年公証人に任じられ、徳島地方法務局所属公証人として活動を始める。
現在、市民生活にもっと溶け込んだ有益な公証業務の普及を図るべく日常業務の他、講演活動、執筆活動に携わっている。

著者紹介

連載公証人が教える「遺言」「相続」をめぐるトラブル事例と予防策

本連載は、2016年8月1日刊行の書籍『トラブルのワクチン―法的トラブル予防のための賢い選択―』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

トラブルのワクチン ―法的トラブル予防のための賢い選択―

トラブルのワクチン ―法的トラブル予防のための賢い選択―

栗坂 滿

エピック

「あなたの遺言書の書き方は正しいですか?」 間違った遺言書はトラブルのもと!! 正しい遺言書・公正証書の書き方40例を解説

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