遺言書の効力は「作成後の関係の変化」に左右されない
≪トラブルの事案≫
Aさんは、長年連れ添った妻のBさんと協議離婚しました。2人に子はいませんでしたが、結婚中に2人で老後のことを心配して養子Cを迎えたことがありました。しかし、その養子も成人した後、生活が派手になり浪費癖が目に付くようになってとても老後を託すことはできない人物だとわかり、縁組を解消しました。
ただAさんは、縁組解消や奥さんと離婚するより前のことですが、公正証書で財産を妻Bに3分の2、養子Cに3分の1の割合でそれぞれ相続させる旨の次のような遺言書を作成していたのです。
Aさんは、その後この遺言書のことは久しく忘れていましたが、ふいなことから遺言書のことを思い出し、その遺言は今でも有効なのか急に不安になりどうすればいいか悩んでいます。
≪トラブル診断≫
Aさんのケースはまだトラブルが現実化していないかもしれませんが、不安や悩みが長引くとストレスがたまるのでそれ自体深刻な問題です。それにこのケースはAさん自身のトラブルというよりもAさんが亡くなった後にその相続人間でトラブルが生じかねない問題だと思います。
Aさんのように遺言書を書いた後に、財産を継がせようと考えていた養子と離縁したり、配偶者と離婚したりした場合に、そういった遺言作成後の事情が遺言に影響を及ぼすかどうかは大いに問題となるところです。
遺言書の解釈に関し、最高裁昭和58年3月18日第二小法廷判決(家裁月報36・3・143)は、「遺言の解釈に当たっては、遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して遺言者の真意を探究し確定すべきものであると解するのが相当である」旨判示しました。
しかし、この判例は、遺言の解釈は遺言当時の事実関係を考慮すると言っていますが、遺言後の事情は考慮の対象になるのかについては触れていません。遺言後の事情は考慮の対象外ということなら離縁や離婚によって先になされた遺言の効力は左右されません。すなわち、もし、あなたが結婚中に配偶者に全財産を相続させる遺言を書き、その後離婚してあなたが亡くなれば、あなたの元配偶者が全財産の遺贈を受けることになるのです。
離婚と遺言に関するぴったりの判例は見当たりませんが、養子縁組後にその養子に財産を遺贈する旨の遺言を作成した後に協議離縁したケースについては判例があり、最高裁昭和56年11月13日第二小法廷判決(民集35・8・1251)は、「遺贈は後の協議離縁と抵触するものとして取り消されたものとみなさざるをえない」旨判示しています。
これは養子縁組が、養子から終生扶養を受けることを前提としていたことから、協議離縁は前に本件遺言によりされた遺贈と両立せしめない趣旨のもとにされたものというべきとされたもので納得できる結論といえるでしょう。
Aさんも養子Cに老後の面倒を見てもらいたいと考えたのにそれが期待できなくなったことから離縁したわけで、Cに財産を相続させるとした部分は離縁と抵触するものと解され、取り消されたものとみてもいいと思われます。
ただ離婚についてはこれと同様に解することができるか問題がありそうです。離婚した事情によっては、離婚が直ちに遺言内容と抵触するとは言えないかもしれないからです。どちらにも解釈されかねないというのはまさしくトラブルの原因となります。
被相続人の「最終意思」を明確に示す遺言書の作成を
≪トラブルを避けるためのワクチン接種≫
遺言書のトラブルは、遺言が一義的でなかったり、遺言自体からは遺言者の最終意思が読み取りがたい場合に続出します。
本件もAさんがこのままの状態で亡くなったら、Aさんの最終意思はどうだったのか不明で争いが起こりかねません。このような争いを避けるために、Aさんには今のうちに離縁や縁組解消を踏まえた上で誰に財産を継がせたいかをよく考え、撤回の遺言書を作成するなり、また、新たな考えを遺言書で明らかにするなりしておくべきでしょう。
なお、Aさんが、財産を継ぐ相手を決めずに、「前にした遺言を撤回する」とだけ記した遺言を作成しておけば、前の遺言は取り消されたものとして効力を失いますが、Aさんが遺産の承継者を指定していない以上、Aさんが亡くなれば、原則通り法定相続が開始され、その時点でのAさんの法定相続人が法定相続分に応じて財産を相続することになります。