遺言書どおりの分割はできるか?
和也さんは、遺言書の中身もはっきりしているし、作成月が書かれていてだいたいの作成時期もわかるから、さすがに無効になることなんてないと考えました。しかし、念のために専門家に確認しておこうと思って、職場近くの弁護士事務所に電話をして、遺言書のコピーを持って、弁護士事務所を訪れました。
和也さんが遺言書を見せると、弁護士からはすぐに「この遺言書は、作成日を特定することができないから、無効な遺言書です」と回答がありました。
和也さんは、弁護士に何とか有効な遺言書として争うことができないかと尋ねましたが、弁護士からは、すでに過去の判例で、「吉日」と書かれた遺言書の有効性が最高裁判所まで争われて、無効であるという判断がされている(最判昭和54年5月31日判決)ため、有効な遺言書ということはできないと言われてしまいました。
さらに話を聞くと、弁護士からは「遺言書としては無効ではあるが、昭彦さんが和也さんに事業を継いでほしいと思っていたのは明らかです。少し立証が難しいですが、死因贈与契約が成立していると主張することが考えられます。また、死因贈与契約の成立が言えない場合でも、事業資産、自宅の評価額や、預貯金の残高にもよりますが、話し合いで円満に事業資産を和也さんが取得できる可能性はあります。まずは、昭彦さんの遺産と評価額を調査してみませんか?」と勧められました。
そこで、和也さんは弁護士に遺産の調査と、遺産分割交渉の依頼を行いました。弁護士が調査した結果、昭彦さんの遺産の内訳と評価額は以下のとおりであることがわかりました。
1. 自宅(不動産)
所在地:神奈川県
評価額:約10,000万円(土地と建物の合計)
築30年の一戸建て住宅。広さは100㎡。立地がよく資産価値が高い。
2. 預金
預金残高:7,000万円
3. 事業資産
工場建物:約6,000万円
工場敷地(土地):約8,000万円
機械設備:約1,000万円
合計評価額:約15,000万円
上記の遺産目録を前提に、和也さんは、弁護士を通じて哲也さんと典子さんに遺産分割の話し合いをすることを求めました。
これに対して、哲也さんからは、「自宅を取得することができるのであれば、昭彦さんの気持ちを尊重して、法定相続分どおりに分けろとは言わない」との回答がありました。
一方で、典子さんからは、「私だけもらえる遺産が少ない。遺言書が無効だったのであれば、法定相続割合で分けてほしい。息子の学費もまだまだかかる時期だから、もらえるものはしっかりもらいたい」との回答がありました。
和也さんは、哲也さんと典子さんからの回答を踏まえて、弁護士と話し合いを行いました。その結果、典子さんにいくらかの代償金を支払って、遺産分割協議をまとめようという方針で話し合いを進めることにしました。
しかし、話し合いをしている途中で、哲也さんからも、「税理士に相談したら、結構な額の相続税を払わなくてはならないと聞いた。やはり法定相続割合にしたがって分けてほしい」との連絡がありました。
和也さんは、徹底的に争うことも考えましたが、典子さんや哲也さんの気持ちもわかるうえ、徹底的に争ってしまうと、昭彦さんに顔向けできないと思いました。そこで、事業用の土地建物を担保にして銀行から融資を受け、哲也さんと典子さんに代償金を支払う内容の和解を成立させました。
