1棟売りで売却額が単独売りの2倍以上に
売却の対象が資産家所有の賃貸アパートではなく、分譲マンションであった場合、同じように処分できるのでしょうか。
全員が老朽化している事実を認めながらも、そのまま住み続けるかどうかは各戸の判断次第です。また、所有者が他人に賃貸して居住権等が発生しているケースもあり、簡単に処理できる問題ではありません。
こうした分譲マンションの空渡しを実現したのが東京・渋谷区のある有名な分譲高級マン
ションです。老朽化したマンションを各戸の判断で売却すると、売却額はその部屋の取引相場となります。しかし、全員が揃ってマンションの敷地建物1棟を売却すれば、良い土地については大手デベロッパーの購買意欲も高まり、売却額が跳ね上がるのです。
筆者は1棟空渡しに向けてコンサルティングを行いましたが、反対する人の説得や諸々の交渉などを含めて各区分所有者より委任状を取り、丸3年がかりで実現しました。
マンションの各区分所有者の専有面積は平均40坪から50坪、計25世帯で土地は約220坪。その25世帯は所有者が自ら住んでいるとは限らず、店舗事務所として貸している人もいれば、住宅として賃貸している人など様々でした。そのため、交渉は所有者本人だけではなく、利用者や利用企業にも広がります。いくら老朽化しているといっても渋谷の一等地ですから、全員がスムーズに納得してくれるわけではありません。
筆者は全所有者とコンサルティング契約を結んで守秘義務契約を交わし、最終的に賃貸中の物件は一般借家から定期借家に契約を切り換えて対応しました。売却先としては入札方式をとり、数社から手が挙がりました。
最終的には、購入後にタワーマンションを建てるノウハウがあり、最も高額の購入額を提
示したある大手不動産業者に売却を決定しました。
すでに老朽化している物件でしたから、1室単独で売りに出していた所有者もいます。し
かし、その販売希望価格が1戸当たり1億円、8000万円、7000万円と下がっていく一方で、それでも売れ残っていたような状態でした。
ところが、1棟空渡しで売却したことによって、各戸の売却平均額は1億5000万円程度になりました。単独で売ろうとしていた人にとっては2倍以上の売却額となったのです。
老朽マンションの建て替えを促進する国の動きもあり
このような分譲マンションの1棟空渡しは、現在の法律では1戸でも反対すると売却が成
立しません。建て替えであったとしても所有者の8割の合意が必要で、合意が形成された後は管理組合のやり方に従わないといけないことになっています。
25戸もあれば意見はまさに様々で「この古いままで、レトロ調のマンションで最後まで住み続けたい」という人もいます。一括売買の難しさは、1人が「売却するのをやめた」というと、現行法では話が終わってしまうことです。
結局、皆様の信頼を得て、一括売買契約書に全員の署名をいただくことができましたが、
契約後の手付金の保管方法と引き渡しリスクをなくすことには注意が必要でした。
また、管理組合で手付金を一括管理することと、さらに手付金を弁護士にエスクロー(商
取引の際に、信頼の置ける第三者を仲介させて、取引の目的を担保すること)してもらうことをお願いしました。特に腐心したのは各マンションを賃貸中の賃借人に引き渡し条件を守ってもらうことです。
入居・所有していた資産家にとっても、単独では売るに売れなかった不動産が思わぬ高値
で売却できたということで、その後の資産の有効活用の大きな試金石になったのです。
この売却が実現した翌日の新聞には、老朽マンションの建て替えを促進する一環として、
一括売却も所有者の5分の4の賛成があればできるように、国が区分所有に関する法律の改正案を提出する方針が決まったことが報じられていました。
また、建て替え時の容積率の緩和の方針も決まっているので、高いマンションを買うのではなく、耐震構造前の古いマンションでも、ロケーションに希少性があれば投資の対象になるのではないかと思います。