クリニック開業における市場調査は、データ分析だけでは不十分です。医師で経営者の髙松俊輔氏は、自身の経験に基づき、実際に現地に足を運び、競合クリニックの状況や地域の特性を直接確認することの重要性を強調します。本記事では、同氏の著書『低単価の診療科で高収益を実現するクリニック・ドミナント戦略』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋・再編集し、データと現場調査を組み合わせた、効果的な立地選定の方法を解説します。

市場調査による開業地の検討

開業地の選定は、クリニック経営において非常に重要です。一度決めた立地は簡単には変更できないため、その地域に根付いて理想の医療を提供していけるかどうかを慎重に検討する必要があります。

 

開業地の選択肢としては、大きく分けて「都心」と「郊外」、「駅前」と「住宅街」などがありますが、それぞれにメリットとデメリットが存在します。

 

[図表]開業地別メリットとデメリット

 

都心や駅前での開業は、利便性が高く人の集まりも多いですが、競合クリニックが多いため、明確な強みを打ち出す必要があります。また、運営費や人件費が高くなる傾向にあり、利益率が低くなることがあります。飲食店であれば値段設定を上げられますが、保険診療では値段は全国一律です。

 

一方、郊外や住宅街での開業は、アクセスや人材募集、調剤薬局との連携に課題がある可能性がありますが、競合が少ない、運営コストを抑えられる、十分な駐車場を用意できるなどのメリットもあります。ただ、これからの人口減少の時代では、郊外から衰退する可能性が高く、マーケットが縮小するリスクも大きいです。

「診療圏調査」を行う

開業地選定において重要な要素の一つが、その地域における「診療圏調査」を行うことです。診療圏調査とは、開業候補地やそのエリアの現在の市場を客観的に調査するものです。診療圏の半径は診療科によって異なり、患者の通院手段によっても変動します。また、生活圏を左右する要素があれば補正を加えながら調査範囲を設定します。

 

各種公表データを用いて、設定した診療圏内の1院あたりの推計患者数を割り出すことで、開院した場合の患者数の目安を知ることができます。これは、クリニック経営に携わるうえで重要なデータといえます。ただし、これはあくまで理論上の数字であり、クリニックの強みなどは考慮されていません。競合クリニックの調査も単に件数だけでは不十分です。近隣のクリニックにおける診療科の充足状況や不足状況の調査も役立つ場合があります。

 

実際の開業地選定では、診療圏調査に加えて、地域のクリニックの評判や患者層のチェック、昼間人口と夜間人口の差、将来的な競合クリニックの増加の可能性、土地開発の計画、数年後の人口動態など、詳細な調査が必要不可欠です。これらの情報を総合的に分析し、慎重に判断することが成功への鍵を握っているともいえます。

 

私自身も最初の開業地決定にはかなり迷ったものです。22年前の開院当時ですら耳鼻咽喉科のない街は都内にほとんど残されていませんでした。どうしたものかと思いましたが、まずはコンペティター(競争相手)となるクリニックがどんなクリニックなのかを知るため、実際に街まで足を運んで調査しました。時には、居酒屋で近くに座っているお客さんに「このあたりに良い耳鼻科はないですか」と生の声を集めたこともあります。

 

しかし、条件に合うエリアや物件はなかなか見つかりませんでした。良さそうな物件を見つけても、向かいに一日200人を集患するカリスマ耳鼻咽喉科が定着していたり、逆に悪評のある耳鼻咽喉科があるエリアには空き物件がなかったりと、開業地選定の時点でかなり苦戦したことを今でも覚えています。

 

これまで数多くのクリニック経営をしてきた私の計算式では、患者数は医師の力とマーケットの掛け合わせであると考えています。医師にいくら力があっても、マーケットが悪ければ軌道に乗るまでに長い時間を要します。1つのクリニックを経営していくならそれもありですが、多店舗展開を目指すのであれば、1つ目のクリニック経営で利益が出ていないと次に続いていきません。時間は有限であり、1店舗目で内部留保をつくるのに時間がかかっていては、多店舗展開へとつながらないわけです。これは一般的なチェーン店でも同じことです。

 

また医師は体力勝負な職種でもあります。第一線で働ける寿命が70歳頃までだとすると、35〜40歳でクリニック経営を始めた場合、35年間くらいが実際に働ける期間となります。数学的解析をしたときに、1店舗目から2店舗目までに20年もかかっているようでは、そこから先は伸びていくことはまずないと思います。

 

また、60歳を過ぎて急に医療に開眼することもありません。これから多店舗展開、ドミナント戦略を目指すのであれば、クリニック経営が成功するのはもちろんのこと、スピード感も必要不可欠です。そのために良いマーケットを見つけて早く軌道に乗せ、内部留保を早くつくることは重要なのです。

 

なお、診療圏調査の基となる潜在患者数は、昔は医療卸会社や医療コンサルタントと呼ばれる職種の人がデータを出してくれていました。私たち医師や調剤薬局は、医薬品を製薬会社から直接買うのではなく、医療卸会社を通して購入しています。医療卸会社は膨大なデータを持っているので、診療圏調査に有効なデータを持っており、また調査を行うことで開業後に取引をしてくれるだろうという考えがあり、協力をしてくれていました。

 

今はアプリで簡単に診療圏調査ができます。メディヴァの「診療圏調査」というアプリが有名で、その地域の住民の数がスマートフォン一つで簡単に分かります。15歳未満の人の数、15〜64歳の人の数、それ以上の高齢者の数の統計は、国勢調査によってデータが公開されています。

 

また、病気の罹患率も分かるので、15歳未満の子ども100人中何人が耳鼻咽喉科の病気にかかるのかを数式で出すこともできます。これらを掛け合わせることで、半径○㎞以内にどのくらいの患者が潜在的にいるのか、あっという間に分かってしまう時代になりました。当時私はこのデータの調査に1エリア30万円ほど支払っていたため、つくづく良い時代になったと実感させられます。

 

近年多いパターンとして、調剤薬局からの紹介があります。昔の調剤薬局は1つのクリニックに1つの調剤薬局を併設する門前薬局でもかなり儲かっていましたが、調剤料の保険点数がどんどん下げられ、現在では調剤薬局も1対1の構図ではなかなか儲からなくなってきています。

 

そこで、調剤薬局主導で医療モールをオープンさせるパターンが増えているのです。内科・耳鼻科・小児科・皮膚科・整形外科など、複数の診療科を集めて医療モールを形成するのです。医療モールのテナントに空きが出て歯抜けになってしまうと家賃負担も含めマイナスになってしまうので、調剤薬局は開院を検討する医師の情報を常に探しています。

 

私の法人も実際に、医療モールの紹介を受け、耳鼻科をオープンさせたことがあります。医療モールに行けばありとあらゆる診療科があり、立地も良いことが多いので、こぢんまりした1つのクリニックより認知度は高くなります。

 

しかしここにもデメリットがあります。その医療モールの近くに、すでに先住の耳鼻科クリニックが存在しているかもしれません。これは耳鼻科のみならず、内科でも皮膚科でも十分起こり得るので要注意です。ほかの診療科には良い条件であったとしても、自身の診療科では厳しいマーケットになることがあるのです。調剤薬局はテナントが歯抜けにならないことを第一に考えてクリニックを集めているだけなので、特定の科のマーケットが良いか否かは考えてくれません。

 

また、一緒に医療モールを運営する医師が良い医師とも限りません。感じの悪い医師がいれば、「あそこのモールの先生は優しくなかった」などと、悪い風評が立つかもしれません。そのほか、医療モールは駅前ビルなどの視認性が良い場所で運営していく場合が多いです。そうなると集患力と引き換えに家賃が高い場合も考えられます。

 

こういったデメリットを差し引いても、マーケットについて考えるのが面倒で「医療モールで開業するか」と安易に決めてしまう医師は多いようです。

 

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※本連載は髙松俊輔氏の著書『低単価の診療科で高収益を実現するクリニック・ドミナント戦略』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋・再編集したものです。

低単価の診療科で高収益を実現するクリニック・ドミナント戦略

低単価の診療科で高収益を実現するクリニック・ドミナント戦略

髙松 俊輔

幻冬舎メディアコンサルティング

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