香さんの元にある日訪れた不動産会社と見知らぬ女性。話を聞くと「香さんの父親名義の建物を解体したいのでハンコをください」とのこと。父親は死亡、土地と建物の借用関係をめぐって香さんの知らぬところで他人に遺産を取り壊されそうになっていたのです。本記事では、使用貸借を行って所有されていた建物が、所有者の死亡によって相続人に相続されなかったケースについて、相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が解説します。
父親の建物の価値は?
父親名義の建物については築年数15年くらいですが、間取りは一般的なファミリータイプのような需要のあるものではなく、父親の家と、祖母と父親の妹の家の二世帯住宅だったようで、玄関が別々になっている1Kが父親が生活していた部屋ということでした。
建物1棟は父親名義ながら、父親が使っていたのは全体の4分の1、残る4分の3は妹と祖母の家だったようです。建物は40坪、建物の固定資産税評価は800万円分あります。土地は60坪、売る場合は、4,200万円から5,000万円くらいの間の販売価格になりますので、現在の建物を解体して更地にしたほうが売りやすいということのようです。
けれども香さんにとっては、父親の相続や財産のことをなにも知らされていないどころか、父親が亡くなったこと自体初耳でした。このまま財産となる建物も取り上げられるとなるとあまりに理不尽で、すんなりハンコを押していいか、迷うところでしょう。
山田さんが、香さんの建物を買い取るなり、いくらか香さんに費用を払うようにしてもらうなりしないと、決断できないのは無理もありません。
そこで、当社は業務提携先の弁護士と相談し、どのようにするのがいいか検討しました。
土地の使用貸借は、借主の死亡により終了する
土地と建物の所有者が違う場合、建物の所有者は土地の所有者から土地を借りている状態といえます。本来であれば地代や権利金を払って建てるところですが、親族の場合はタダでかりている使用貸借がよくあるパターンです。
香さんの父親の場合も、おそらく使用貸借の状態で土地を無償で借りて、建物を建てたのではないかと推測されます。父親が先に亡くなっていますので、建物を妹に遺贈する手続きをしていれば香さんに話が来ることはなかったのですが、そうした手続きはされておらず、現在も建物の名義は亡くなった父親のままとなっています。
今回法的に問題となるのは、借主である父親が亡くなっていることから死亡により使用貸借契約が終了するか否か、という点になります。
当社の業務提携先の弁護士に確認したところ、この点については、民法597条3項において、「使用貸借は、借主の死亡によって終了する」と規定されており、原則論でいえば、この条項が適用され、借主死亡により使用貸借契約は終了するため、建物所有者は、建物を収去し、土地を明け渡す必要がありますという回答でした。
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
京都府立大学女子短期大学卒。PHP研究所勤務後、1987年に不動産コンサルティング会社を創業。土地活用提案、賃貸管理業務を行う中で相続対策事業を開始。2001年に相続対策の専門会社として夢相続を分社。相続実務士の創始者として1万4400件の相続相談に対処。弁護士、税理士、司法書士、不動産鑑定士など相続に関わる専門家と提携し、感情面、経済面、収益面に配慮した「オーダーメード相続」を提案、サポートしている。
著書65冊累計58万部、TV・ラジオ出演127回、新聞・雑誌掲載810回、セミナー登壇578回を数える。著書に、『図解でわかる 相続発生後でも間に合う完全節税マニュアル 改訂新版』(幻冬舎メディアコンサルティング)、『図解90分でわかる!相続実務士が解決!財産を減らさない相続対策』(クロスメディア・パブリッシング)、『図解 身内が亡くなった後の手続きがすべてわかる本 2021年版 (別冊ESSE) 』(扶桑社)など多数。
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
著者プロフィール詳細
連載記事一覧
連載相続のプロが解説!人生100年時代「生前対策」のアドバイス事例