「あんたがなくしたお金でシャネルのバッグがいくつ買えたと思ってんの?」
しかし、その夜の通訳で、クリスティーナには大きな障害があった。ゴルディータが早口すぎるのだ。実際、彼女が平静なときでも、話そうと口を開くと、スペイン製のガトリング銃が弾丸の代わりに言葉を連射しているかのようだった。そしてその夜の彼女は平静どころではなかった。
「信じられない! どうやったらこんなあっという間に私たちのお金をなくせるの? あんな大金を! 株式市場は下落してないのに。今朝私もチェックしてみたのよ、ほらこれ」ゴルディータはスペイン語でまくし立てながら自分のスマホの画面を掲げた。
そこには、株式市場のアプリが開いていた。「見てよ。彼が投資を始めたときより上がってるじゃない。それなのに、私たちはすっからかんよ! どうしてこんなことになっちゃったのよ。こんなはずない。絶対、絶対おかしい」スペイン語はある程度できるはずの私でも、最初の数語――信じられない――しか聞き取れなかった。ほかの言葉はみんな、突風のように私の前を吹き抜けていった。
私はクリスティーナの方を向いて、「ほら、俺がいつも言っているとおりだろう。君の妹の言っていることは誰にもわからない」と言わんばかりに両手のひらを上に向けてひらひらさせ、眉を上げた。
クリスティーナは肩をすくめて言った。「彼女は不満なんだって」「ああ、それなら俺にもわかる。どこかで『不可能』と聞こえた気がしたけど」私はゴルディータに向き直り、ゆっくりと英語で言った。「あなた、『不可能』と、言いましたか。ゴルディータ」「はい。不可能」彼女は訛(なま)りのきつい英語で答えた。
「でも、フェルナンド、これをやった」義弟はゴルディータの左隣に座り、頭をゆっくり振りながら投資報告書の写しをじっと見下ろしていた。彼はまっさらなポロシャツを着て「そうさ、確かにやっちまったよ。でも俺はまだまだ金持ちだし、何もこの世の終わりってわけじゃないだろ?」と言わんばかりの、うっすらと皮肉な笑みを浮かべていた。
それは、世の亭主諸君がこのような状況で必死に押し殺そうとするタイプの笑みだった。なぜなら、それを妻に見られようものなら「何がそんなに可笑しいの。あんたがなくしたお金でシャネルのハンドバッグがいくつ買えたと思ってんの?」とかみつかれるのがオチだからだ。
私はクリスティーナに聞いた。「ほかには何て?」「どうしてこんなにあっという間に二人のお金がなくなったのか理解できないって。彼女自身、スマホにアプリをダウンロードしたけど、そのアプリによると、株式市場は上昇しているから、2人はお金を増やしたはずだって。なくすんじゃなくて。なんでこんなことになったのかわけがわからないって」
そして彼女はフェルナンドとゴルディータの方を向いて、彼女が今言ったことをスペイン語で繰り返した。「そのとおり」とゴルディータは叫んだ。「わけわかんない」「何がわかんないんだよ」とフェルナンドが口を挟んだ。
「株で金を失う奴は大勢いるじゃないか。今回は俺がそのひとりになっただけで、別に世界が終わるわけでもないさ」ゴルディータは胴体をほとんど動かさずに、頭だけをフェルナンドのほうにゆっくりと向け、凍り付くような視線で彼を射貫いた。言葉は必要なかった。
「なんだよ。俺、何か変なこと言った?」フェルナンドは無邪気に答えた。そして私を見て彼なりに精一杯の英語で付け加えた。「俺のせいじゃないよ! みんな、株で金をスってるじゃないか。君は違うけどね。俺は普通の人の話をしているんだ。わかるよね」
「もちろん」と私は答えた。「100パーセント理解したよ。『普通』に『俺』が含まれることなんて滅多にないからね。ごもっともだよ」
「彼はそんな意味で言ったんじゃないわ」と通訳が口を挟んだ。「フェルナンドはあなたを愛しているわよ」「わかってる」私は心を込めて答えた。「冗談だよ。いずれにせよ、俺の言うとおりに訳してくれ。こんなふうに細切れだと、話がややこしくてしょうがない」「わかったわ。じゃあ、どうぞ」とクリスティーナが促した。
私は深く息を吸い込んでから言った。「えっと、まあ、君が言うことには一理あるよ、フェルナンド。株で金をスる奴は大勢いる。しまいには破産する奴だってね。だがしかし! みんながみんな、大損するわけじゃない。儲ける奴らだって大勢いる。プロに限らず、素人の投資家だってね」
「ただし、君の投資のやり方でじゃない。君のやり方は、雄叫びをあげて突撃するような……」
「オタケビ? 何それ」通訳が口を挟んだ。
「俺が言いたいのは、素人投資家が四六時中売ったり買ったりして金儲けするのは不可能だってこと。時間の問題で、しまいには必ずすっからかんになる。株式市場でも暗号資産市場でも同じこと。たいてい、暗号資産のほうが幾分早くそうなるけど。暗号資産市場のほうが投資コストが高額で、詐欺まがいのものも山ほどあるからね。だから、この世界のことをちゃんと理解していないなら、遅かれ早かれ地雷を踏んで、吹き飛ばされることになる。絶対に」
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