(※写真はイメージです/PIXTA)

出資持分なしの医療法人への移行を促進する「認定医療法人制度」の優遇措置の期限が、2026年12月31日に迫っています。同制度を利用すると、トータルで相続税額に数億円の差がつくこともあるものの、約6割は制度を活用できていません。本連載は資産コンサルタントである井元章二氏の著書『相続破産を防ぐ 認定医療法人制度活用のススメ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋・再編集したものです。

相続対策を怠れば、財産と医療法人が失われる可能性も

地域住民のために医療機関を長く存続させたい、そのためには次世代に財産をしっかり残してスムーズに承継したいというのは、医療法人の経営者であれば当然の願いです。

 

しかしその願いもむなしく、承継に失敗するケースは枚挙にいとまがありません。なかでも多いのは、医療機関の後継者が承継時に発生する多額の相続税を支払うことができず、相続破産に陥るケースです。

 

相続破産を防ぐために対策を講じなければならないのは分かっていても、目の前の患者を救うために日々の診療を優先する医師は多いと思います。また、診療以外にも医療機関を運営していくための日常業務は多岐にわたるため、相続対策は後回しになりがちです。

 

しかし、相続対策を後回しにすると、いざ相続が発生したときには手遅れとなり、残された後継者に多額の相続税が発生することになりかねません。

 

結果的に、懸命に働いて築き上げた財産が失われることにもなります。場合によっては、医療法人を存続させることが難しくなるのです。

持分ありと持分なしの医療法人はどこが違う?

医療法人を長く存続させるための相続対策を講じるにあたって、法人が「出資持分あり医療法人」か「出資持分なし医療法人」のどちらであるかを把握し、それぞれの違いを知っておく必要があります。現状把握をせずに適切な対策を怠ると、支払う相続税の差額が数千万から数億円に及ぶこともあるからです。

 

まず、出資持分あり医療法人とは、1950年に医療法人制度が始まって以降、最も一般的な医療法人の形式です。出資持分は株式会社にたとえれば持ち株にあたり、譲渡や相続が可能ですが、医療法人の利益が大きくなるにつれて膨大になるため、相続時に多額の相続税が発生する可能性があります。

 

しかも出資持分は、現預金や有価証券とは違って換金性がありません。何も対策しなければ後継者が納税のために多額の現金を別途調達しなければならず、場合によっては相続破産や医療法人の解散につながってしまうのです。

 

一方、出資持分なし医療法人は、出資者が出資持分を持たない形式です。医療法人の利益は出資者に反映されず、譲渡や相続の対象になりません。出資者の資産は出資金以上に増えることはありませんが、出資持分あり医療法人のような多額の相続税の問題がなくなります。

 

2007年の第五次医療法改正以降、出資持分あり医療法人の設立は禁止され、現在は出資持分なし医療法人しか設立できません。既存の出資持分あり医療法人については、そのままの形で存続が認められており、2023年時点では、医療法人の63.5%は出資持分あり医療法人なのです。

持分あり医療法人に重くのしかかる莫大な相続・贈与税

持分あり医療法人の出資持分が膨れ上がり、莫大な相続税がかかる一例として、図表に、1期目から40期目までの貸借対照表を示します。

 

[図表] 医療法人1~40期までの貸借対照表

 

貸借対照表とは、法人の資産状況を示したもので、一般的に左側に資産、右側に負債と、資産から負債を差し引いた純資産を記載します。医療法人設立時は、基本的には純資産は出資金のみとなります。

 

1期目が終了すると、出資金のほかに医業収入などの利益のうち、法人税が差し引かれた分が、利益剰余金として積みあがり、これを毎期繰り返すことになると利益剰余金がどんどん蓄積されていきます。

 

出資持分は株式と大きく違い、利益を配当として吐き出すことができません。医療法人は、株式会社と違って非営利的な性質を有するとされているため、医療法第54条で剰余金を配当することを禁止しています。その結果、利益剰余金が膨れ上がっていく一方になるのです。

 

以上のことから、業歴が長い医療法人ほど出資持分の評価額は高くなりがちです。

 

持分あり医療法人の場合は、この利益剰余金が出資者の財産となってしまうため、換金性がないにもかかわらず、相続時に莫大な相続税がかかってしまうのです。

 

一方、持分なし医療法人であっても、貸借対照表自体は変わらないのですが、利益剰余金が出資者の財産に反映されるわけではありません。そのため、相続が発生しても利益剰余金に相当する出資金の評価額に対する相続税が発生しないという仕組みになっています。

 

医療法人設立当初は出資金が1000万円だったとしても、相続時に出資持分評価をしてみたら5億円になっていることは珍しくありません。

 

50倍に価値が膨らんでいることになりますが、決して大げさなことではなく、長く順調に医療法人を経営していれば、十分あり得る話です。場合によっては、出資持分評価額が10億円を超えていることもあります。

 

後継者に5億円の価値がある出資持分を相続する場合、法定相続人が子1人なら1億9000万円の相続税をキャッシュで用意しなければいけません。

 

10ヵ月の納付期限までに支払うことができなければ、延納という相続税を分割で支払う手もありますが、延納利子税がかかります。多額な相続税を考えると、決して安い利子ではありません。延納でも支払いが難しければ、不動産や車や貴金属などの物品で納める物納という方法があります。

 

しかし、こちらも利子税がかかりますし、物納財産を国が収納する価額は相続税の課税価格になります。不動産については小規模宅地の特例を適用する場合は適用後の価額になるので、思った以上に低いことが多いです。

 

また、延納、物納に関しては、以前より承認されにくくなっている点に注意が必要です。「子どもの学費があるから延納したい」という理屈は今では通りません。

 

小銭まで残らず納税して、それでも足りないという状態でなければ、延納や物納は認められないので、安易に利用を考えるのは控えたほうがいいでしょう。

 

もちろん、相続ではなく、生前贈与で出資持分を譲渡するという手もあります。しかし、一度に生前贈与してしまうと55%の贈与税がかかり、2億6799万5000円の負担となります。相続税、贈与税いずれにしても、後継者が支払うことは、かなり困難な額です。

 

「うちのような小規模の診療所では関係ない話だ」「ここ数年赤字が続いているから、出資持分の評価額は高くないだろう」といった人も多いですが、実はそんなことはありません。

 

私の顧客は大病院より小規模の診療所やクリニックを経営する人が大半ですが、ほとんどの場合、出資持分の評価額が数億円を超えています。

 

現在の持分あり医療法人は、2007年以前に設立されたものであるため、最低でも17年は経過しています。経営危機になるほどの赤字経営であれば話は別ですが、年数が経過するほど内部留保は大きくなっている傾向があります。おそらく赤字経営の期間が2~3年程度では、出資持分の評価額はそこまで下がるとは考えられません。

 

事業規模や経営状態にかかわらず、まずは現在の出資持分の評価額を計算してみることが大切です。

 

井元 章二
1級ファイナンシャルプランニング技能士(国家資格)、AFP(アフィリエイテッド・
ファイナンシャル・プランナー)、相続診断士

 

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※本連載は井元章二氏の著書『相続破産を防ぐ 認定医療法人制度活用のススメ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋・再編集したものです。

相続破産を防ぐ 認定医療法人制度活用のススメ

相続破産を防ぐ 認定医療法人制度活用のススメ

井元 章二

幻冬舎メディアコンサルティング

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