躍進したフェンシング、不可解判定に襲われた柔道
今回のパリ・オリンピックでは、日本のフェンシングが躍進しました。フェンシングでのメダルは史上初の金メダルを含め5個(金2、銀1、銅2)となりました。フェンシングの母国であるフランスの7(金1、銀4、銅2)個に次ぐ2位、日本は新しいフェンシング大国になったと言える結果です。
一方で、日本発祥の柔道では、日本人にとっては納得がいかない審判の判定が相次ぎました。結果、日本の柔道のメダル数は8個(金3、銀2、銅3)、これはフランスの10個(金2、銀2、銅6)に抜かれる結果となりました。特に金メダルは東京オリンピックの9個から3個に大幅に減少しています。
不可解判定に対して書面で抗議するも、いまだスルー状態
柔道の審判の判定には日本人にとって納得がいかない判定が相次ぎました。
7月27日には、男子60キロ級の準々決勝で永山竜樹選手がスペインのガリゴス選手に敗れました。審判が「待て」の合図をだしているにも関わらずガリゴス選手が締め続け、永山選手が失神した結果でした。この判定に対して永山選手は抗議のために畳の上に立ち続けましたが、判定は覆らず公式記録では「片手締め」で敗れたとされました。
試合後に、鈴木桂治監督、古根川実コーチがこの判定に対して大会本部に抗議をしましたが、これもきちんと対応されませんでした。その後、全日本柔道連盟の金野委員長は国際柔道連盟に対して書面で抗議を提出しました。しかし、まだ返事が来ていないと報道されています。
また、8月1日に行われた柔道女子78キロ級の準々決勝では高山莉加選手が反則負けとして敗れました。開始直後に対戦相手のドイツのワグナーと共に指導をとられ、中盤は攻めていたにも関わらず再び指導を受け、最終的に3つ目の指導が入り高山選手は反則負けになりました。しかし、3つ目の指導も「首抜き」とされましたがビデオ判定でも判然とせず、五輪公式HPでは「不明な反則」と発表される事態となりました。
8月4日の混合団体戦決勝に日本はフランスに敗れ、銀メダルとなりました。日本は、高山選手が階級上の選手からも勝利をあげるなどして3対3まで競りましたが、代表戦で雌雄を決することになった結果でした。代表戦はギャンブルのような「デジタルルーレット」で階級を選ぶことになっており、結果として男子90キロ超級に決定、日本の斉藤立選手とフランスのテディ・リネール選手の対戦となりましたが、斉藤選手が敗れました。
この「デジタルルーレット」には筆者も首を傾げましたが、SNSでもコメントを見れば、多くの日本人が釈然としない感情を持ったことがわかります。
また、勝敗に関係ある判定ではありませんでしたが、8月3日の混合団体の準々決勝では、試合開始前にブラジルのダニエル・カルグニン選手が畳に唾を吐くという日本人にとってはまったく許容できない行為もありました。この行為も日本ではSNSでは「一発退場では?」「指導しろ」「反則負けじゃないのか???」「もはやこれは日本の柔道ではない!」と物議を醸し出しました。
フェンシングと柔道、両者の「差」を生んだのは
日本発の競技でありながら理解しがたい判定が続き、残念な結果となった柔道。一方、フランス発の競技でありながら日本の躍進となったフェンシング。この差はどこにあるのでしょうか?
筆者は、柔道での国際柔道連盟、フェンシングでの国際フェンシング連盟という競技の世界統括団体への日本人の関与の度合いだと考えます。なぜならば、これらの団体がオリンピックにおいては、その競技のルールや審判の選定も含めてその運用を決定するからです。
まず、柔道もフェンシングも世界的に普及した競技です。柔道の競技者は、全世界200ヵ国以上で2000万人以上に上ります。フェンシングもアメリカやヨーロッパで人気が高く、世界156加盟連盟を持つ競技です。当然ながら、どちらの競技でもその世界統括団体はグローバルな存在ですが、日本人が理事に入っています。しかし、その関与の度合いに大きな差があると思います。
かつて“世紀の誤審”を覆せなかったのも、「英語で抗議できなかったからでは」
国際柔道連盟においては、山下泰裕氏が理事を務めていました。しかし昨年10月から脊椎頚椎損傷で手術を受けリハビリ中で、オリンピック直前の7月27日に全日本柔道連盟特別顧問を務める細川伸二氏が理事代行することになりました。おそらく山下泰裕氏がオリンピックに参加できない状態だったのではないからだと思います。
そもそも山下泰裕氏は、素晴らしい実績と人格の方ですが、英語力に課題があり世界統括団体や国際オリンピック協会(IOC)などのグローバルな組織で活躍できるのか疑問が呈されていました。2020年に山下氏が国際オリンピック協会の委員に英語力を理由に「私が今の時点でIOC委員にふさわしいかは疑問」と正直に吐露していました。
また、「2000年のシドニー五輪柔道で篠原信一選手の“世紀の誤審”を覆せなかったのは、監督の山下氏が英語で抗議できなかったから」という話も聞きます。
このような柔道の状況に対して、フェンシングは太田雄貴氏が英語を駆使して、2018年に国際フェンシング連盟の副会長として活躍をしました(2021年11月退任)。また、太田氏は2021年8月には国際オリンピック委員会 アスリート委員に就任しています。
太田氏は、選手時代の海外遠征で「世界で勝つ」ためには英語が重要だと認識し、独学で英語を身につけたそうです。2013年9月に国際オリンピック委員会(IOC)の総会で太田氏が行った東京オリンピック招致のための英語スピーチは、世界に通用するものでした。また、太田氏はフェンシングの日本代表の選定基準として、英語検定スコアを必要とすると決めています。実は筆者の会社は、2012年ロンドン五輪 フェンシング銀メダルの三宅諒選手の英語学習をサポートしていました。
このような英語でのコミュニケーション力の差が、今回の柔道とフェンシングの差になったと見ています。なぜならば世界統括団体では、ルールも、決定も、運用も、英語で議論されるからです。
わかりやすい例を挙げるなら「畳に唾を吐いたら失格」と、国際柔道連盟で決めるべく日本サイドから提案するべきです。
また、選手が国際試合での審判の判定についての理解を重ねていくことも国際試合で勝つためには重要です。このことが重要だと認識したうえで、太田氏は「代表選手として英語力を必須とした」とのインタビュー内容が報道されています。
また、さらに言えば、観客も国際的に認められたルールについて常に触れて理解していることも重要です。4年に一度のオリンピックだけでは、その間の変化を理解することが観客もできないからです。これらを理解してしっかりと組織的に準備したフェンシングが大きく成功したのです。
英語ができなければ「相手のルール」で動かされてしまう
筆者の会社は2012年に日本サッカー協会と「英語サポーター基本契約」を締結して、協会の英語化も支援していました。競技としてのサッカーにおいては試合する場所や開催時間などが選手の体調上も重要で勝敗に大きな影響があり、それらを決めるために協会が行うFIFAや対戦相手国との交渉が大事なのです。
このようなことは、スポーツだけでなく、企業経営や政治にも同じことが言えるのではないかと筆者は強く感じています。
翻訳アプリが進化した今でも、ビジネスパーソン本人が英語を話せないがためにビジネスチャンスを逃した、得意分野なのに活躍できなかったという事例は珍しくありません。筆者の英語コーチングスクールに通う生徒のなかには、ヨーロッパで新サービスを導入しようとしたものの、そのために必要な承認を欧州基準で決められてしまい、参入できなくなってしまった過去を持つ方もいます。
こうした経験からも、スポーツ、企業経営、政治といった世界と渡り合うものにおいては、英語力の向上がそれらの盛衰を決めるのではないかと強く感じています。「世界で勝つ」ためには、英語でのコミュニケーション力も高めていくべきです。
三木 雄信
英語コーチングスクール「TORAIZ」代表
1972年、福岡県生まれ。東京大学経済学部経営学科卒。三菱地所(株)を経てソフトバンク(株)に入社。27歳で同社社長室長に就任。孫正義氏のもと、多くの米国IT企業とのジョイントベンチャーのプロジェクト、「ナスダック・ジャパン設立」「日本債券信用銀行(現・あおぞら銀行)買収」「ソフトバンクの通信事業参入」などのプロジェクトで、プロジェクト・マネージャーを務める。
トライズ株式会社代表、2015年に英語コーチング「TORAIZ(トライズ)」を開始。日本の英語教育を抜本的に変え、グローバルな活躍ができる人材の育成を目指している。
著書に、『世界のトップを10秒で納得させる資料の法則』(東洋経済新報社)、『孫社長のむちゃぶりをすべて解決してきたすごいPDCA』(ダイヤモンド社)、『【新書版】海外経験ゼロでも仕事が忙しくても「英語は1年」でマスターできる』『ムダな努力を一切しない最速独学術』(ともにPHP研究所)ほか多数。