「あなたに万一のことがあったら、お母さんは…」
仕事に、家庭に、母親の介護に…と、多忙な生活を送っていた女性だが、ある日、体調不良を感じ、忙しい合間を縫って診察を受けた。すると、重大な病気を疑わせる兆候があると指摘され、大きい病院へと回されることになった。
「あまりにショックで。病院の帰りに実家に寄ることになっていたので、真っ先に母へそのことを打ち明けたのです」
しかし、母親の口から出たのは衝撃的な言葉だった。
「あら、そうなの? 困ったわ」
「あなたがいなくなっても、お母さんが大丈夫なようにしておいてよ?」
女性はなにも言葉を返すことができず、そのまま帰宅した。
「あまりのショックで泣くこともできませんでした。私の心中を察したのか、高校生のひとり娘が〈ママ、一体どうしたの? なにがあったの?〉と心配してくれましたが、とても話せなくて…」
数週間後、検査の結果、女性の病気の疑いは晴れた。
「最初は母親の言葉にショックを受けたのですが、あとからだんだん腹が立ってきて。でも、思い返せば昔から自分本位な人だったんですよね…」
女性は妹と弟を呼び出し「母親に介護施設へ入所してもらう」と宣言し、いよいよ計画は実行に移されることになった。
「母は〈子どもがいるのにどうして施設に行かなきゃいけないの!?〉〈親を施設に入れようなんて、恥ずかしくないの!?〉って騒いでいましたが、知りませんよ、そんなこと」
女性の母親は80歳。施設の入居期間は5年以下といわれているが、長期の入居も想定し、月額費用は母親の年金額の月15万円で収まり、入居金も少額ですむところを探した。
「母を施設に入れて、母の身の回りの心配をしなくていい状況になったら、私はものすごく母の介護にエネルギーを取られていたんだな、と、改めて実感しました」
「これからは、母にかけていたエネルギーを、自分の家族や、自分のために使いたいです」
女性はそういうと笑顔を見せた。
介護の負担が、知らず知らずのうち、子どもの人生に大きな影響を及ぼしていることもある。家族として助け合うのは理想だが、理想のために無理を重ねてしまっては、何にもならない。日本はさまざまな行政サービスが整備されている。頼れるところは頼り、利用すべきところは利用し、なにもかもひとりで背負い込み過ぎないことが重要だ。
[参照]
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