資産はあっても、喋り相手がいない孤独な毎日
「朝起きてから夜寝るまで、一言も喋らない日が何日も続く。とにかく孤独でつらい……」
無言喋子さん(仮名・72歳)は3年前に夫を亡くし、現在は都内にある分譲マンションで一人暮らしをしています。
専業主婦として家庭を支えてきた昭子さんの老後の備えは、周囲から見れば十分に余裕があるものでした。昭子さんの預貯金は約2,500万円。住宅ローンも完済しており、遺族年金と自身の年金を合わせれば、毎月14万5,000円が手元に入ります。
贅沢をしなければ貯金を取り崩さずに生活できるはずですが、昭子さんは週に3回、時給1,300円のアルバイトに通っています。
「娘には『そんなに疲れるなら辞めればいいのに、お金に困ってるわけじゃないでしょ』
なんていわれます。確かにそうなんですけど、一人で家にいても寂しくって……」
夫がいたころは、三食の支度や何気ない会話で一日が過ぎていきました。しかし一人になると、社会との接点が極端に少なくなりました。スーパーのレジで「袋はいりません」と一言交わすのが唯一の会話という日も。
そんな生活を続けるうちに、自分がどんどん世の中から取り残されていくような感覚に陥るそうです。
「一番しんどかったのは、誰とも一言も喋らない生活が続くことでした。鏡を見たときに、自分の表情がどんどん乏しくなっているのがわかって、それが怖かったんです」
時給1,300円のアルバイトが生きがいに
そんなとき、駅前の店でスタッフ募集の張り紙を見かけ、思い切って電話をかけたことが転機となりました。
30年ぶりの仕事に不安はありましたが、実際に始めてみると、そこには昭子さんが求めていた人との交流がありました。スタッフ同士の「おはよう」という挨拶や、常連のお客さんから「いつも丁寧ね」と声をかけられること。自分がどこかに所属し、誰かの役に立っているという安心感を覚えました。
「バイト代は月に5万円くらいです。でも、これで孫に何か買ってあげたり、友人とランチに行ったりするのは、貯金を減らして使うのとは気分が全然違うんです。自分で稼いだお金があると思うだけで、少し気持ちがしっかりします。時給1,300円は、私にとって今日もちゃんと外に出たという証のようなものです」
自分で稼いだお金には、年金や貯蓄とは異なる特別な意味があります。昭子さんの孤独という不安を埋めるのは、お金ではなく、誰かに必要とされているという日常の手応えだったのです。
金銭的な目的以外にアルバイトをするシニア層
株式会社マイナビが発表した「ミドルシニア/シニア層のアルバイト調査」によると、無言さんのように十分な資産を保有しながらも現場に立ち続けるシニアの実態が、客観的な数値として見て取れます。
調査によれば、シニア層のアルバイト就業者のなかで、1年程度は働かなくても暮らせる資産を保有していると回答した人は56.8%にのぼりました。なかでも70代女性においては、60.8%がこの層に該当しており、全年代および性別の中で最も資産状況に余裕があることがわかっています。
また、シニア層がアルバイトをする目的を深掘りすると、生活費のため(46.9%)が最多となるものの、金銭面だけではない切実なニーズも見えてきます。「充実感ややりがいを得るため(22.8%)」や「人との交流・出会いが欲しいため(21.9%)」など、社会的なつながりや役割を求める傾向は、確実に現代シニアの就労ニーズとなっています。
これらのデータの背景には、資産を持ちつつも、孤独を回避するためにあえて働くことを選択する、新しいシニアのライフスタイルが浮かび上がっているといえるでしょう。
[参考資料]
株式会社マイナビ「ミドルシニア/シニア層のアルバイト調査(2025年)」
