2025年問題を目前に介護事業者の倒産が「過去最悪のペース」
団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となり、さらなる人手不足が懸念される2025年問題が目前に迫るなか、介護業界では事業者の倒産が過去最悪のペースとなっています。
東京商工リサーチの調べでは、2024年上半期(1月~6月)の介護事業者の倒産件数は81件で、前年同期の1.5倍と、過去最悪となりました。そのうちの約半数を訪問介護の事業者が占め、全体の約8割が小規模事業者による倒産となっています。
倒産の背景の一つとして挙げられるのが「人材不足」です。物価高騰と、それに伴う賃上げが目まぐるしく加速するなかで、公的に報酬単価が設定される介護ビジネスではその動きに追い付けず、結果的にますます人が集まらなくなっていることで倒産が拡大しています。
社会全体が沈下するデフレの際には、報酬単価が一気に落ちることもないので、介護ビジネスはデフレには強いとされますが、インフレに弱い業界という傾向があるため、現在の社会環境自体が業界にとって不利な流れにあることは否めません。
もう一つは、報酬改定(3年に1回)による「単価削減」です。報酬単価はここ10年、どちらかというと右肩下がりで、基本的には落ち続けており、事業所経営が日増しに厳しくなっている傾向があります。
ただし、報酬単価の設定は経営実態調査に基づくもので、収支差率の如何によって変動します。収支差率が高い、つまり利益が出ている事業の単価が削減されるわけですが、これはもちろん平均を取るわけです。大規模事業者は利益が出ていて、中小零細事業所は利益が少ないなかで、2024年4月の報酬改定では、訪問介護の報酬単価が2%ほど削減されました。訪問介護は、通所介護と並んで全国で最も事業所が多い類型のサービスであり、そもそも経営が厳しい中小零細事業所の倒産件数が、今回の単価削減により加速していると考えられます。
今後も「中小零細事業者ほど経営が苦しい状況」は続く
加速する倒産ですが、その多くを占めるのが中小零細事業者で、大規模事業者では滞りなく経営ができています。つまり、介護業界全体で優勝劣敗が起きていて、事業を拡大したところは経営がうまくいき、小規模なままでいる事業所は経営がうまくいっていないという二極化が働いています。
報酬改定で多少単価が下がったとしても大規模事業者はそこまで影響は受けませんが、中小零細事業者は相当なダメージを受け、倒産が加速している。この状況は今後も続くと想定されます。
というのも、これが国の方針であると思われるからです。超高齢化社会の中では、サービスを受ける人は増え続ける一方、それに投下される予算全体のパイは変わらない。これが報酬単価削減の理由でもありますが、介護人材不足への対応や、安定的なサービス提供に向けて、それ以上に効率化を図るには、中小零細事業所を大規模事業者に統合することが考えられます。
実際、「事業者の経営の協働化・大規模化」についてはこれまでにも取り沙汰されており、生命保険大手の日本生命が、介護業界最大手のニチイホールディングス(HD)を買収するなど、M&Aも活発化しています。こうした流れを見ても、中小零細事業者の苦節は続くと思われます。
中小零細事業者は地域介護の要…生き残らなければならない
国の方針が事業者の大規模化にあるとしても、中小零細事業者は介護業界において非常に大切な役割を担っています。各地域の福祉が、大規模事業者と中小零細事業者の連携で成り立っているなかで、地域の隅々まで、良質なサービスを届けられるのは中小零細事業者がいるからに他なりません。
生き残りをかけて、中小零細事業の経営者が今後どうすべきかについては、主に以下の2点が考えられます。
①介護現場の実態を伝える
まずは厚労省や財務省に、適切な介護福祉分野の評価をしてもらうために、現場の実態・実状をしっかりと伝えていくことが挙げられます。一企業としてもそうですし、団体を通じて声を上げ、単価を維持してもらうような運動をしていくことが必要です。
やはり国は、下からの声をさまざまな角度から聴きながら最終的に報酬単価等を判断するので、声を上げなければ“ない”ことにされてしまう。中小零細事業者は、自分たちが経営できるような単価設定をしてもらえるよう声を上げる、つまり運動を展開するのが非常に大事ですし、その必要性があるとも思います。
その運動が一つの政治的な力になっていけば、経営しやすい環境が維持できると考えます。
②事業規模を拡大する
一方で、「いかに優れた部分最適も全体最適には勝てない」という経済学者・ドラッカーの言葉があるように、常にマネジメントは部分最適より全体最適を優先すべきだとの見方があります。
つまり、我々介護業界にとっては報酬単価が上がるほうがよいとしても、国全体としては、高齢者人口がさらに増えていくなかでこれ以上介護報酬を上げると立ちいかなくなるという意見もあり、どちらが正しいということではないと思うのです。
サービスを受ける人口が増え続け、かつ税収が増えない(もしくは減っていく)可能性がある以上、予算全体のパイが減るなかではどうしても国民一人ひとりに対しての割り当てを減らさざるを得ないわけで、報酬単価をできるだけ抑えながら効率的に事業を運営していくほうが全体最適にかなってはいます。
そうしたなかで現場サイドとしてできることは「いかに効率化を図るか」です。そのために必要なのが、事業規模の拡大です。
事業規模の拡大と効率化
経費には、売上に関わらず一定額が発生する費用、すなわち固定費があります。例えば、事業規模が5で固定費が4のものが、事業規模が倍の10になった場合に、固定費も倍の8になると仮定しても、利益は1から2に上がっています。つまり、利益総額が大きくなっている。
そして実際には、事業規模が倍になった際に固定費も倍になるかと言えば、そうでもありません。例えば家賃のように、金額が変わらない固定費も多々あるので、事業規模が大きくなればなるほど全体に占める固定費の割合は減っていき、その分、利益率が上がっていきます。
利益率が上がると収益率も上がっていくので、結果的に効率化が図られて潰れにくくなる。これがスケールメリットであり、場合によっては、収益の一部を賃金に回せるので、事業規模が大きくなると賃金も上がり、人材確保にもつながります。
そのため、できる限り事業規模を大きくして収益率を上げ、効率的に経営できるような努力を、一個一個の事業者がするべきだと思っています。
事業拡大を阻む「本末転倒の思考」
事業者が倒産を回避するために努力できることとして事業規模の拡大があるにせよ、その際の障壁は、それに対して心理的抵抗を抱く介護経営者が少なからずいることです。
その思考パターンとしては、「私たちは小規模のままで行く。なぜなら、私たちは利用者さんのことを思っているからだ。金儲けのために介護事業を始めたわけではないから、事業を拡大しない」というように、もっぱら決まっています。
確かに事業を拡大すれば、利益を人件費に分配できることも多くなり、収益は上がりやすくなりますが、それに対する拒絶感で、小規模のままでいることを選ぶ経営者がいます。
そして、規模が小さければ小さいほど、事業所の代表は一スタッフでもあり、入浴介護もすれば調理もし、洗濯や送迎もする。これに対して、規模が大きくなればなるほど、経営という役割が生まれるので、利用者さんと向き合う時間はなくなります。
「利用者さんと向き合い続けたいから、事業を拡大しない」というのは、その通りではありますが、その思い自体が事業規模の拡大を阻害し、結果として、単価削減等で倒産に至っているという構造があります。
けれど倒産すれば、利用者の方々と向き合うことすらできなくなります。その場合、利用者さんも路頭に迷うわけであり、その責任をどう担うのか。もちろん、利用者の方々は他事業所に移ることになるとは思いますが、利用者さんにとって環境が変わるというのは大変なことです。
とりわけ、精神障害をお持ちの方や認知症の方は、バランスを崩して入院するケースも出てくるはずです。他の受け皿に渡せばいいという単純な話ではないので、持続的に社会貢献できる環境を作るためにも、しっかりと先まで読んで、事業規模を拡大する努力をしたほうがいいのではないでしょうか。
倒産回避には「貸借対照表(BS)を読む力」も必要
単価削減が実施されるなか、事業規模を拡大せずに利用者さんと向き合い続け、経営が困難になりながらもそのスタイルを変えることがないとどうなるか。毎年のように赤字が続き、債務超過に陥って、にっちもさっちもいかなくなります。
通常、2期連続の赤字や債務超過に陥ると金融機関との取引が難しくなります。銀行から借入することなく経営するのはかなり困難で、「水道の蛇口をひねらないで洗濯する」と言っているようなものです。できないものはできないので、銀行から借入できない=会社が潰れるくらいに思っておいてもよいでしょう。
つまり、倒産しないためには銀行との取引ができる状態にしておく必要があり、それがすなわち2期連続赤字を出してはいけない、債務超過になってはいけない、ということになります。
自社の経営がうまくいっているかどうかは決算書、とりわけ貸借対照表(BS)を見ることでわかります。しかし、ここで問題となるのが、中小零細企業の経営者でBSを読める人が少ないということです。
BSを見たこともない、あるいは見たことはあるけれど何が書いてあるのかさっぱりわからない、という経営者が結構います。そして、わからないのでそのまま放置してしまう。かなりの数の経営者が、自社の状況がわからないまま経営し、気づくと金融機関からも借入できなくなっていて、M&Aをしたいと思っても、それすらできない。つまり、売却できる段階を超えてしまっていたということが少なからずあります。
経営者に必要とされるのは、BSを読む力です。自分の会社がどういう状態になっているかを細かく把握することが重要で、それが経営の効率化にもつながります。
そのうえで、もはや自社での経営が困難だと思えば、売却も検討に入る。手遅れになる前にどこかのグループに入る、すなわち合従連衡です。
実際、M&Aで売却を考える場合に、手の施しようのないBSを持ちこまれる経営者は少なからずおられますが、本当はもっと早く、手遅れになる前に持っていかなければならないのです。
売却の潮時を見失わないように、自社の状況を把握すべくBSを読むことが必要ですし、他企業のグループ企業になって、倒産する前に会社を維持することが大事です。
まずは自社のBSをプロに見てもらうことからスタート
一般論としてBSの勉強をするのは大変です。けれど、自社のBSや介護業界のBSを読むだけであれば、それほど難しいことではありません。
まずは自社のBSを税理士と銀行員に確認してもらうのがよいと思われます。そうすれば、自社の問題点や状況を教えてもらえます。
ただその際に、債務償還年数や自己資本比率、長期固定適合比率など、謎のワードが飛び交い、会話が成立しなくなることがあるので、それを理解するためにChat GTPなどを活用するのも効果的です。
そして、自社の実際に“あるべき姿”と“現状”のギャップを知り、そのギャップをどうしたら埋めていけるかを考えながら学習するようになると、徐々に自社のBSが見えてきて、他社のBSも理解できるようになっていきます。
それが一定身に付いてくると、YouTuber税理士を参考にするのもよいかもしれません。というのも、教科書外の世界観を伝えてくれるので、より柔軟にBSを見ることが可能になるからです。
私自身、毎朝、当社の会社状況をチェックしています。
やはり介護業界で生き残るためには、経営者は常に学びの姿勢を忘れてはいけないと思います。事業規模の拡大に向けて、経営の知識や技術を習得すべきですし、事業規模が大きくなると、それを維持するために、また違う能力が必要になるので、そのための学びが必要になります。これが今、経営者に求められることだと思います。
高浜 敏之
株式会社土屋 代表取締役 兼CEO
慶応義塾大学文学部哲学科卒 美学美術史学専攻。大学卒業後、介護福祉社会運動の世界へ。自立障害者の介助者、障害者運動、ホームレス支援活動を経て、介護系べンチャー企業の立ち上げに参加。デイサービスの管理者、事業統括、新規事業の企画立案、エリア開発などを経験。2020年8月に株式会社土屋を起業。代表取締役CEOに就任。