(※写真はイメージです/PIXTA)

相続人の方の多くは「相続で子供たちに迷惑をかけたくない」と考えるでしょう。そのためには、自身の憶測ではなく、家族全員が相続についてどう考えているのかを明確に知る必要があります。相続人の方はその上で、自身の考えを家族の想いと擦り合わせていくと、円満な相続になる確率が非常に高まります。本稿は、一般社団法人相続FP協会、相続FPの学校・代表理事の山本祐一氏が、司法書士の岡本先生(仮名)にインタビューをした際に話された、吉田さん(仮名:85歳)の相続事例をもとに解説します。

子供たちと相続の話ができなかったワケ

今回は、家族信託を活用して、1億8,000万円の資産を生前対策した吉田さん(仮名)の事例を紹介します。

 

吉田さんは85歳で、不動産の経営・管理を現役で行なっていました。健康ではあるものの、奥様の他界を機に高齢者向けの施設に入居していました。

 

契約関係や立会が必要な場合には自身で対応する必要があり、健康ではあるものの高齢のため、少し身体的に負担がかかるようになっていました。しかし、吉田さんは責任感が強く「子供たちに任せるのもなぁ」と不動産経営をどうするべきか悩んでいました。

 

そこで、今後の相続に関する不安をハウスメーカーの担当者に相談したところ、司法書士である私を紹介され、私は吉田さんのもとを訪れることになったのです。

 

施設に到着すると、吉田さんは雨の中、丁寧に挨拶をして下さり、相談の準備を整えて待っていました。私は吉田さんに案内された椅子に座ると、目の前のデスクに私に相談したい内容のメモ書きと、それに関する資料が綺麗に並べられていました。

 

「本日は、家族信託の説明を詳しくお聞きになりたいということでお間違いないでしょうか?」(岡本司法書士)

 

「はい。実は自分でも、ある程度家族信託については調べていました」

 

と吉田さんは言い、デスク上にあった一つのファイルから家族信託に関する情報が印刷された書類を手にしました。

 

「不動産経営が難しくなってきたため、信託会社に頼ろうと考えていましたが、信託会社は賃貸部分のみを対象としており、賃貸以外の自宅などについては対応してくれないようで…。そのため、家族信託ではどうなのか、その辺りについて詳しく知りたいと考えていました」(吉田さん)

 

「ご丁寧に詳細をご説明くださり、ありがとうございます。ちなみに、息子さんお二人は、吉田さんのこれからのことや相続についてどのようにお考えなのでしょうか?」

 

私が質問すると、吉田さんは少し間をおいて

 

「…実は、子供たちが相続についてどう思っているかは聞いたことがない、というか聞けないでいます」

 

と答えました。私が理由を尋ねると、吉田さんは困った表情をしましたが、その理由を話し始めました。

 

「息子二人はどちらも結婚して子供もいるのですが、先に結婚した長男とお嫁さんが将来の僕ら夫婦を気遣って、結婚してすぐ国分寺にある私の家に一緒に住むことになりました。しかし私の妻は3年前に他界し、私自身もこれ以上この家にいると長男家族に迷惑をかけると思い、施設に入居することにしました。

 

一方、次男は茨城にいます。盆や正月など年に一度は必ず帰省をして、私や長男家族にも顔を出してくれるのですが…。もしかしたら、次男は長男が私の家に住んでいることを良く思っていないのではと感じるのです。

 

長男夫婦は私たち夫婦のサポートをしてくれ、妻に対しては亡くなる直前まで介護をしてくれました。そのことは次男も知っています。ですが次男からすると、心のどこかで長男家族が私の家に住んでいることを、贔屓していると思っているみたいなのです。相続に関して二人に揉めてほしくないので、何とかしなくてはと考えたものの、結局何もできずにいました」

 

「お一人でご家族に迷惑をかけまいと、奮闘されたのですね」

 

私が優しく声をかけると、吉田さんは安心したような表情をしてくださいました。

 

「ですが、どんな想いを抱いているかは、次男様に直接聞いてみないとわかりません。長男様にも、どのような想いをお持ちなのかを聞く必要があります。信託会社に信託しようと、ご家族に信託しようと、どちらにしてもお子様のご意見を聞く必要がありますから。

 

吉田様がここまでお一人で誰にも頼らず信託について考えられたことは、とても素晴らしいことです。ですが、これからのことや相続については家族全員が納得する形を見つけることが大切です。相続のような話し合いは当事者間のみのお話よりも、第三者が入ることで円滑に進む場合が多いです。私でよろしければ、協力させていただきたいと思うのですがいかがでしょうか?」(岡本司法書士)

 

「確かに今まで、自分一人で進めようと思っても何もできなかった。ここは一つ、お願いしたいです」(吉田さん)

 

そこで私は、まずお子様二人に事情をお伝えし、全員で集まれる日に2回目の打ち合わせをしようと吉田さんに提案をし、部屋を後にしました。

 

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