歯科医療は命、介護、精神疾患に大きく関わっている
なぜ歯科医師の私が人生の締めくくりの活動である終活の本を書くのでしょうか。その前に、ちょっと歯科医師と現在の人生の締めくくりである、後期高齢者の事情についてお話ししたいと思います。
まず、歯科医師についてです。一般に、歯科医師とは歯の医師、あるいは口の中の医師と思われていますが、口とは酸素を取り込むための呼吸、栄養を取り込むための咀嚼と嚥下、そして人とコミュニケーションを取るための言語を掌る臓器であり、これらを治療するのも歯科医師です。
若く健康な時は虫歯で歯が痛いくらいでないと歯科医師にはお世話にならないかもしれませんが、高齢になり、咀嚼や嚥下が困難になると、これらの治療をしなければ、それは即、死を意味します。高齢になればなるほど、歯科治療によって、寿命だけでなく、もっと大事な『健康寿命』を延ばせるからです。
歯科医師の仕事は、介護の分野にも広がりつつある
健康寿命とは「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」と定義されています。健康寿命が終わるとは、車椅子に乗らなければ移動できない、認知症になって自分で判断できない、排泄が自分一人でできない、というイメージがあるかもしれません。
とろみ食や嚥下食といった特別な食事でなければ食べることができない、入れ歯が合っていないので食いしばれなくて寝返りが打てない、入れ歯を入れていないので舌根がのどのほうに落ちて自発呼吸ができない、そういった方の治療や、口腔ケア(口の中の微生物を減らすこと)で誤嚥性肺炎を予防するなど、歯科が健康寿命を延ばす貢献は極めて大きいのです。
さらに、大臼歯(奥歯)の欠損が多ければ多いほど、寝たきりの率が高く、寿命が短くなるばかりでなく、認知症の発症率も高くなるのです。つまり、命にも、介護にも、精神疾患にも、歯科医療は大きく関係しているのです。
現在、平均寿命と健康寿命の間には、男性で約9年、女性で約13年もの差があります。寿命を延ばすこと以上に健康寿命を延ばすことが重要です。理想は、健康寿命=その人の寿命、です。
つまり、歯科医師の仕事はこれまで、虫歯や歯周病などの「元気で歩いて歯科医院に来る人の病気」を治すことでしたが、現在では「介護の必要な人、寝たきりの人の命と健康を救う仕事」に変わりつつあるのです。