事前対策に万全を期するべき
遺産分割協議書に定めた事項を守らない相続人がいる場合、遺産分割協議をやり直せないかというご相談を頂くことも多いです。しかし、遺産分割協議をやり直す場合には、相続人全員の合意が必要とされています(最高裁平成2年9月27日判決)。本件のようなケースでは、約束を反故にした張本人である弟がやり直しに合意することにはまず期待できませんので、遺産分割協議のやり直しは事実上不可能と考えるべきです。
では、弟の債務不履行を理由に、遺産分割協議を解除できないのでしょうか。最高裁は、「共同相続人間において遺産分割協議が成立した場合に、相続人の一人(本件では弟)が、右協議において負担した債務を履行しないときであっても、他の相続人は、民法541条の規定によって、右遺産分割協議を解除することができない」(最高裁平成元年2月9日判決)と判示し、債務不履行がある場合でも遺産分割協議の解除はできないとしています。
したがって、約束に反して弟が法事や墓参りを行わない場合でも、遺産分割をやり直したり、法的に強制力をもって弟にこれらの行為を行わせることは出来ません。このように、法律上、強制力をもって行わせることのできない内容の約束を公正証書にしても、強制的に守らせることはできないのです。
それでは、相談者の山田さんはどうすべきだったのでしょうか。
本件では遺産分割協議時から弟が身勝手な発言を繰り返しており、相談者様は弟を信用できなくなっていたという事情があった以上、土地の売却を絶対に防ぎたいということであれば、弟が約束を反故にするかもしれないことまで想定し、山田さん自らが土地を取得するとの内容の遺産分割を行うべきでした。
あるいは、土地の譲渡禁止特約を付けて、弟が万が一土地を売却した場合には相応の違約金を支払わせる旨の内容を盛り込み、事実上の抑止力を与えるという方法も考えられはします。
ただし、この方法でも、土地を「一生売却しない」という内容の譲渡禁止特約は公序良俗違反として無効と裁判所に判断される可能性がありますし、違約金を支払ってでも売却したいという弟の売却行為を止めることはできませんので、抜本的解決にはならないことに注意が必要です。
このように、遺産分割協議書に署名押印してしまってからでは対応が難しくなるケースもありますので、作成前に一度弁護士等の専門家に相談されることをお勧めします。
永岡 孝裕
弁護士
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