近年注目されている「カスハラ」の問題
近年、マスコミ報道等でもよく見聞きする「カスハラ」というワード。これは「カスタマーハラスメント」の略語で、お客(カスタマー)による嫌がらせ(ハラスメント)を意味します。
近ごろではお客による過剰な要求が問題になるケースが増え、この「カスハラ」という言葉もかなり定着してきたようです。そして、厚生労働省でも「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」が作成されていることから、大きな社会問題となっていることが見て取れます。
カスハラが問題になる業種は、やはりサービス業が多いのですが、サービス業の代表のひとつである旅館・ホテル業にとっても深刻であり、カスハラ問題には長年頭を痛めてきました。
「お客様は神様」とは? 間違った解釈が定着し…
このような状況の背景に、某有名演歌歌手の「お客様は神様です」というフレーズが曲解されたかたちで定着したことがあげられます。
「お客様は神様です」という言葉は、もともと「目の前のお客様を神様だと思って、最高のパフォーマンスをしなければならない」という、サービス提供側の心構えを示したものでした(実際、某有名演歌歌手のオフィシャルサイトにもそのように書かれています)。
それが一部で「自分は客であって神様なんだから、どんな要求であっても許されるべき」という解釈のもと、定着してしまったのです。
近年では、このような誤りを正していこうという風潮が強まっているように思います。
2023年12月13日、改正旅館業法が施行
そのようななか、2023年12月13日から、改正旅館業法が施行されました。
この改正旅館業法は「カスハラ」「宿泊拒否」について大きな前進がなされるものになっています。概要としては「カスハラを行ったお客は、宿泊拒否をしてもいい」というものです。
具体的にどのような改正がなされたのか、少し詳しく見ていきたいと思います。
◆旅館業法は「宿泊拒否は原則禁止」というルールを明確化
旅館業法は「原則として宿泊拒否は禁止」「例外的に宿泊拒否してよい場合もある」というルールになっています。
ただ、肝心の「宿泊拒否していい「例外的」とはどういう場合か?」が不明確となっており、実際に宿泊拒否に踏み切るかどうか頭を悩ませる旅館・ホテルが多くありました。
その原因として、法律の規定等に「合理的な範囲を超える…」などという抽象的な言葉が多く、あまり具体的な規定がなかったことが挙げられます。
今回の改正では、その「例外的にどういう場合に宿泊拒否してよいのか」が、旅館業法及び厚生労働省によって、大幅に明確に示されることとなりました。
◆「宿泊拒否ができるカスハラ」にあたる行為とは?
具体的には、改正旅館業法上で「不当な割引、契約にない送迎等、過剰なサービスの要求」「対面や電話等により、長時間にわたり、不当な要求を行う行為」「要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が不相当なもの等」などが、宿泊拒否できるケースとして挙げられています。
厚生労働省のホームページ「令和5年12月13日から旅館業法が変わります!」ではさらに詳細な例示がなされています。
そこでは、
「宿泊料の不当な割引を繰り返し求める行為」
「不当な部屋のアップグレードを繰り返し求める行為」
「不当なレイトチェックアウト、不当なアーリーチェックインを繰り返し求める行為」
「契約にない送迎を繰り返し求める行為」
「上下左右の部屋に宿泊客を入れないことを繰り返し求める行為」
「特定の従業員の接客を繰り返し求める行為」
「土下座等の社会的相当性を欠く方法による謝罪を繰り返し求める行為」
「叱責や不当な要求を繰り返し行う行為」
など、かなり具体的なケースが記載されています。
これまで旅館・ホテル業界で、このような不当な要求がいかに多かったかがわかりますね。
クレームのすべてが「カスハラ」にはならない
なお、旅館・ホテル側で少しだけ注意が必要なのは、「原則として宿泊拒否をしてはならない」という構造自体は改正でも変わっていない点と、不当な要求がなされた場合でも「その要求には応じられないが、宿泊自体は拒まない」ことを伝えるというワンクッションが必要とされている点です。
また、カスハラと「正当なクレーム」はしっかり区別し、旅館・ホテルにとって耳が痛いクレームであっても、正当な要望である場合もあることは注意が必要です。
旅館業法の規定に違反して宿泊拒否をしてしまった場合、旅館・ホテル側には、
①宿泊申込者に対する損害賠償責任(民法709条)
②50万円以下の罰金(旅館業法11条)
③行政機関からの指導
など、大きく3種類のペナルティが生じる可能性があるので、この点も注意が必要です。
今回の旅館業法改正は、旅館・ホテル、宿泊客双方に好ましいもの
今回の旅館業法改正は、旅館・ホテル側にとっては「宿泊拒否ができるケースが明確になった」ことで大きな意味を持ちますし、お客側でも「自分も行き過ぎた行為をしないように気を付けよう」という再確認ができるもので、双方にとって好ましいものだと思います。
これをきっかけに、日本の宿泊・観光業がますます発展していくことを願いたいと思います。
佐山 洸二郎
弁護士法人横浜パートナー法律事務所
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