多焦点眼内レンズの普及が進まないのは「保険外診療」だから
多焦点眼内レンズの進歩は検査器機の進歩なしにはあり得ませんでした。現在では目の長さを100分の1mm単位で検査できる器機が開発されたことにより、患者さんの目に合った眼内レンズの度数を以前よりも高い精度で測定することができるようになりました。
多焦点眼内レンズの度数選択は単焦点眼内レンズよりも高い精度が要求されるため、この検査器機の開発は、多焦点眼内レンズによる手術を行う上で大きなメリットとなります。このように、検査器機の発達、レーザー白内障手術の進歩など、多焦点眼内レンズの普及にはいくつもの追い風が吹いています。
しかし、日本国内における多焦点眼内レンズによる白内障手術の件数は、白内障手術全体の2~3%前後(2023年現在)とごくわずかに過ぎないのが現状です。多焦点眼内レンズの普及の一番の障壁となっているのは、多焦点眼内レンズによる白内障手術が保険外診療であることです。
多焦点眼内レンズはなぜ開発されたか
今まで多焦点眼内レンズのメリットをご紹介しました。それでは単焦点眼内レンズで白内障手術をしてしまうと、不十分な見え方にしかならないのでしょうか? いいえ、決してそんなことはありません。単焦点眼内レンズでも、多くの方は少なくとも遠方か近方のどちらかは見やすくなり、見え方に満足されるはずです。世界的に見ても、白内障手術のほとんどは、単焦点眼内レンズによるものなのです。
それではなぜ多焦点眼内レンズは開発されたのでしょうか? その答えを一言でいうと、「日常生活がより便利に、効率的になるから」です。
前回の「手元がよく見えることの重要性」の項でも著したように、日常生活の中で、常時遠くしか見ないなどという場面はほとんどなく、本や新聞だけでなく、スマートフォンやパソコンなど手元から中間距離を見る機会が年々増えています。多焦点眼内レンズは、そのような時代背景のなかで開発されました。
皆さんは「視力」というと遠くのものの見え方を想像すると思います。しかし眼科クリニックでは、5mの距離の視力検査の他に40cmの手元の細かい文字を見る視力検査もあります。そして手元を見る機会の多くなってきた現代社会では、近方視力も遠方視力と同様に重要視されています。
しかし従来の単焦点眼内レンズでは遠方の視力は改善されましたが、近方の視力は期待できませんでした。多焦点眼内レンズは単焦点眼内レンズの弱点だった近方の裸眼視力を上げるために開発されたのです。
単焦点眼内レンズでも焦点を近くに合わせた老眼鏡をかければ、生活に支障はありません。しかし、いちいちメガネをかけはずししなければいけないので、手元と遠くを繰り返し見るには不便を強いられます。言い方を換えると効率の悪い生活になります。
人間の生活の中では、どんな人でもさまざまな距離のものを見なければいけません。例えばビジネスマンの方であれば、会社の会議で、手元の書類を見ながら遠くの距離のプレゼンのスライドを見るような場面があると思います。そのときに単焦点眼内レンズでは遠くと手元を交互に見るときにいちいちメガネをかけはずしするか、遠近両用メガネをかけねばならず、不便です。
家で過ごす方にとっても同様です。家のなかにもさまざまな距離があります。テレビ、カレンダーなどは比較的遠方ですし、台所やパソコンは中間距離、新聞や携帯やリモコンは手元の距離です。単焦点眼内レンズの場合には、これらのさまざまな距離を、いつもメガネをかけはずししながら見なければならず、非常に効率の悪い状態といえます。
しかし多焦点眼内レンズは、家の中のさまざまな距離に合っており、さまざまな焦点のものが見えやすくなります。
多焦点眼内レンズは手元を見る機会の多い現代社会のニーズに合わせて開発され、例に挙げたビジネスマンや家の中以外にも、さまざまな職種、世代の人たちの日常生活において、たいへん大きなメリットのある眼内レンズです。
多焦点眼内レンズのハローとグレア
白内障手術では、手術がうまくいっていても、手術直後にやや見えにくい感じがする場合があります。
白内障の手術では濁った水晶体が取りのぞかれて人工の透明な眼内レンズに置き換わります。それにより白内障による光の乱反射がなくなり、目の度数が変わります。
目からの光の情報、つまり見え方を制御しているのは脳です。脳は白内障手術のあと、眼内レンズによって変化した見え方に対応しようとします。
しかし何年も白内障の状態だった目の見え方に慣れてしまっているので、すぐには対応できず、手術の直後はまぶしかったり、なんとなく見え方が悪い感覚がある場合があります。しかしこれらは多くの場合、時間の経過とともに改善していきます。脳が眼内レンズでの見え方に上手に対応できるようになるためです。
特に多焦点眼内レンズでは濁った白内障がきれいな眼内レンズに置き換わるだけでなく、老眼も改善して手元から遠くまでさまざまな距離の光が入ってくるために、慣れるのに時間がかかる傾向があります。しかしそれは、多焦点眼内レンズがより高機能であるがためであり、多焦点眼内レンズによる白内障手術の直後、見え方が慣れにくくても心配はいりません。
また、多焦点眼内レンズによる手術の直後、夜間の運転時に対向車のヘッドライトのまわりに光の輪が見えたり(ハロー)、光がにじんで見えたり(グレア)することがあります。
これらは多焦点眼内レンズでは、単焦点眼内レンズよりもやや感じやすい傾向にあります。多焦点眼内レンズでは遠方と近方の両方に焦点が合っているため、このような現象を感じやすいと考えられています。
ハロー・グレアのいずれも、時間の経過とともに軽減し、3カ月から1年も経つとほとんど意識しないレベルにまで改善することが多く、大きな問題とはなりません。
さらに、3焦点眼内レンズであるパンオプティクスは、従来の2焦点眼内レンズよりも、ハローやグレアがかなり軽減するように工夫されています。
視覚は脳で情報を受けて処理されます。手術前は、濁って光を十分に通さない水晶体で見ており、脳もその状態に慣れていたわけです。それが、手術で急に新しいレンズに変わったことで、視覚情報の質も変わります。脳が、それまでとは打って変わった明るくクリアな情報に慣れるまで、やや時間を要するのです。
アメリカなどの海外の眼科医は、これらのハローやグレアといった現象を自覚しやすいからといって多焦点眼内レンズを敬遠する理由にはならないと考えています。
例えばアメリカは日本と違って広大な国です。高齢の方が自らの車の運転で遠くのスーパーマーケットまで買い物に行くことはざらです。狭い日本に比べ、長時間の運転になるので、帰りには日が落ちて暗くなることも多いでしょう。
多焦点眼内レンズでハローやグレアを最も自覚するのは夜の車の運転です。しかしそのアメリカですら、多くの眼科医たちは多焦点眼内レンズのハローやグレアによって夜の車の運転ができない人はほとんどいないと考えています。
なお、多焦点眼内レンズによる白内障手術後には時間の経過にしたがってハローやグレアが改善するだけでなく、視力も手術直後より3カ月~半年後のほうが多くの場合向上します。
私が行った5,000件を超える多焦点眼内レンズの患者さんの中にも、時間の経過とともに次第に手元の視力が向上していく患者さんがいます。これも、脳が新たな視覚情報に慣れることによります。
眼の網膜で感じ取った光の信号はいくつかの神経細胞を介して脳の視覚中枢に送られていきますが、慣れないうちは大脳に到達するまでたくさんの神経細胞を経由していく、つまり遠回りをすることがわかっています。
見たものを脳が認識するのに時間がかかるため、見えていないように感じられるというわけです。慣れるほどに、神経細胞による情報伝達はどんどん近道をするようになり、それにともなって見え方も向上するのです。
山﨑 健一朗
日本眼科学会認定 眼科専門医
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