遠くも近くもよく見える多焦点眼内レンズ
多焦点眼内レンズは、遠くにも近くにもピントが合うように設計された遠近両用レンズです。国内では2007年に承認され、2008年からは先進医療の対象となっています。
遠くから近くまで広い範囲に焦点が合っているので、多焦点眼内レンズを入れた方の多くは、手術後に裸眼で快適に過ごせる生活を手に入れることができています。
眼内レンズは人工物であるため厚みを変えることはできません。まして、距離に合わせて厚みを変えることで自動的にピントを合わせることなどできません。多焦点眼内レンズも例外ではなく、水晶体のようにどの距離でも自在にピントを合わせることはできません。
しかし、「光の回折現象」という物理学の理論をレンズに応用し、レンズに入ってくる光を手元と遠くに振り分けることで、広い範囲に焦点を合わせることを可能にしたのです。
多焦点眼内レンズで9割がメガネいらずに
単焦点眼内レンズと、多焦点眼内レンズでの見え方は、次のような違いがあります。遠距離にピントを合わせた単焦点眼内レンズの場合、遠くはよく見えますが手元を確認するにはほぼすべての人が老眼鏡を必要とします。一方、多焦点眼内レンズの場合は、遠くだけでなく手元にも焦点が合っていますので、老眼鏡をかける可能性は非常に低くなります。
実際に、多焦点眼内レンズについての医学論文の多くが、多焦点眼内レンズを入れると、9割以上の人でメガネがいらなくなるという結果を報告しています。例えば以下の参考文献※では、レーザー白内障手術を受け、さらに多焦点眼内レンズを移植した場合には91.67%の患者がメガネを使わなくなった、と報告しています。
※参考文献:Refractive and Visual Outcomes of Different Intraocular Lenses with Femtosecond Laser Cataract Surgery: The Expectation of Independence from Spectacles. Crispim J, Nose R, Yogi M, Nose W. Open Ophthalmol J. 2015 Sep 30;9:145-8. doi: 10.2174/1874364101509010145. eCollection2015.
レーザー白内障手術と多焦点眼内レンズによる白内障手術を私のクリニックで行い、翌日の診察で「まるで20歳の頃の目に戻ったようです」という多くの喜びの声をいただくことは、まれではありません。私のクリニックでは毎週たくさんの多焦点眼内レンズによる白内障手術を行っていますが、手術翌日の朝にはたくさんの患者さんからこのような声をいただきます。
最大のメリットは「メガネがいらなくなる」ことではなく…
多焦点眼内レンズの重要なポイントは、ただ単に「メガネがいらなくなる」ことではありません。言い換えると、多焦点眼内レンズによる白内障手術は「メガネをいらなくする」ことが最大の目的ではないのです。
例えば乱視がある場合には、多焦点眼内レンズの手術のあとに乱視だけの度数の入ったメガネが必要になる場合があります。その場合にも、(乱視が特別強くなく、特殊な病気などがなければ)遠近両用でない乱視だけのメガネで手元も遠くも、同軸上で見ることができます。したがってそのメガネをかけたまま、車の運転をしながらカーナビを見ることができます。
多焦点眼内レンズの手術のあとメガネが必要であっても、多焦点眼内レンズの最大の恩恵は十分に受けられるということです。
「自分は近眼で若い頃からメガネをしているので慣れている。メガネは苦ではないので単焦点眼内レンズでいい」という人がいます。そのような方の中には、単焦点眼内レンズでも、メガネをすれば多焦点眼内レンズと同じような見え方になる、と誤解している人がいます。
単焦点眼内レンズの方がメガネをしても、多焦点眼内レンズのように遠くと手元の焦点が同軸上で合っている効率のよい見え方にはならないということをご理解ください。
繰り返しますが、多焦点眼内レンズのメリットはメガネがいらなくなることではなく、遠くと手元のものを同軸上で見ることができることです。単焦点眼内レンズでの手術後にメガネをかけても、多焦点眼内レンズのように同軸上で遠くと手元が見えるようにはならないのです。
「今までもメガネをかけたりはずしたりして生活してきたから……」と多焦点眼内レンズの選択に消極的な人もいると思います。しかし本当にそれでいいのでしょうか? 老眼はおおよそ40歳くらいから症状が出はじめます。
前述のように、老眼鏡がすっかりなじんでしまった人たちも、老眼の症状が出はじめる40歳以前には、遠くと手元の両方の距離がいつでも見えていたのではないでしょうか? それがゆっくりと老眼が進行して老眼鏡を作り、いつのまにか今の状態に慣れてしまっただけではないでしょうか?
人は自分の身体の変化に適応するようにできています。それは老眼の進行という変化に対しても同様です。しかし適応できる変化に対しても、治すことができるのであれば積極的に治すべきだと思います。
現在は老眼に対しては「多焦点眼内レンズで治す」という選択肢があります。単焦点眼内レンズしかない時代では、他に選択肢はありませんでした。その時代は、患者さんたちは一つしかない単焦点眼内レンズという選択肢に納得するしかありませんでした。
しかし、単焦点眼内レンズによる老眼と同じ状態である“不便”を解決できる可能性が高い多焦点眼内レンズという選択肢があるのです。せっかくそのような時代に手術を受けるのですから、白内障手術を受けるすべての患者さんたちに、多焦点眼内レンズを積極的に考えていただきたいと思っています。
山﨑 健一朗
日本眼科学会認定 眼科専門医
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