シングルマザーの母が、賃貸マンションオーナーになった背景
今回の相談者は50代の会社員、田中さんです。3カ月前に亡くなった母親の相続の件で相談したいと、筆者のもとを訪れました。
田中さんの父親は田中さんが小学生のころに亡くなっています。その後、田中さんの母親はシングルマザーとして食堂を経営しながら、田中さんと弟を育ててきました。
母親の食堂は、もともと父親と2人で経営していたものです。借地の上に2階建ての店舗併用住宅を建設し、1階が食堂、2階が家族の暮らす自宅となっていました。駅から徒歩3分の好立地で、地元でも知られた人気店でした。
「父が亡くなったあと、母は食堂を閉めて出身地の四国に帰ろうとしたそうなのですが、お客様からあまりに残念がられたため、継続することになったのです」
経営は大変でしたが、やりがいを感じていたということでした。
母親が40代後半になったとき、田中さんの母親が暮らす店舗併用住宅の周辺の所有者たちに、大手建設会社から店舗併用ビルの計画が持ちかけられました。建設会社の提案は、店舗と住居で100世帯以上の分譲マンションを建てるというものでした。
田中さんの母親は土地の借地権を持っていたことから、等価交換によって住まい部分のフロアに3つの1ルームの部屋の所有権を割り当ててもらえるというのです。
「母は、別の店舗を借りて食堂を続けながら、割り当てられた一室を自分の住まいにして、残りの2部屋を貸し、家賃を得るようになりました」
田中さんと弟は、これで母親の老後も安泰だと安堵し、喜んだといいます。
頼りの長男が急死。長男嫁と孫たちは挨拶もなく…
母親の自宅が等価交換されてマンションに姿を変えたときには、田中さんと弟はすでに独立しており、自分たちの家庭を築いていました。
「弟はとても母親思いな子で、自分のマンションも母親のマンションのそばに購入しました。私も、弟が母親の面倒を見てくれるならと思って、財産を含め、すべてを跡取りに任せる心づもりだったのですが…」
ところが、田中さんの弟は30代後半の若さで急死してしまいます。
「心臓発作だったそうです。仕事が忙しいとは聞いていましたが、無理を重ねていたのでしょうね…」
長男を失った母親の落ち込みは、見ていられないほどだったといいます。ところがその後、とんでもないことが起こりました。
「弟が亡くなって1年後でした。母のところに、近所に住んでいるはずの弟のお嫁さんから手紙が届いたのです」
その内容は、「子どもの教育のためにニュージーランドへ移住する」「今後はもう他人。私たちをあてにしないでください」というものでした。
泣き疲れた母、立ち上がって冷静な行動をとる
「母親は弟が自宅マンションを買うとき、かなりの資金援助をしているのです。それに、弟が亡くなったことで団信の生命保険が下りて、ローンも帳消しになっています」
弟の嫁は、海外にわたるタイミングでマンションも売却していたことから、まとまった現金も得られたと思われます。
「孫と会えなくなることを、母はひどく悲しんでいました」
しかし、次第に母親も気持ちが落ち着き、冷静にいろいろなことを考えるようになったようです。
「母は、今後はすべて私に任せるしかないと思ったのでしょう。町内会の人に紹介してもらった司法書士の先生のところに出向き、財産はすべて私に相続させるという内容の公正証書遺言を作成しました」
母親が作成した遺言書には、付言事項として「亡き長男には自宅マンション購入時に十分な援助をしているため、これを理解のうえ遺留分を請求しないように」と書き添えられていました。
「弟の家族はニュージーランドに腰を据えるようで、日本に戻るつもりはないようです」
遺産はマンションの3室と預貯金…相続税の基礎控除以内
母親の財産は自宅1部屋と賃貸物件の2部屋で、いずれも同じマンション内です。時価は1部屋1,500万円程度ですが、相続評価は1部屋800万円程で、預金等を含めても、3,000万円程度の財産だと確認できました。よって基礎控除内となり、相続税はかからず、申告も不要です。
その後、筆者の事務所が紹介した司法書士の手によって相続登記も無事に進めることができました。
海外在住者との遺産分割差協議は、恐ろしく大変
もし母親が公正証書遺言を残していなければ、田中さんはニュージーランド在住の甥姪と遺産分割協議書を作成しなければなりません。田中さんが全財産を相続することに合意が得られた場合も、全員で遺産分割協議書を作ることが必要です。
外国に暮らす甥姪と手続きを行うのは非常に煩瑣かつ労力のかかる作業であり、田中さんはもちろん、甥姪にもかなりの負担をかけることになります。
もし亡き母親の意向に同意が得られず、甥姪も財産を相続することになれば、甥姪の権利はそれぞれ4分の1ずつであることから、マンションを売却して費用をねん出するか、マンションを相続させるしかありません。
いずれにしても、田中さんひとりで相続手続きができなくなるのです。
遺留分、請求されなければ「払わなくてかまわない」
「すみません、このことを、いつ弟の家族に伝えたらいいのでしょうか…?」
手続きが進むなか、田中さんから相談がありましたが、筆者からは、
「納骨が終わったタイミングで、遺言書の存在と、そのなかに〈すでに資金援助をしているため遺留分を請求しないように〉と明記されていることを伝え、遺言書を送る」
旨をアドバイスしました。
その後、田中さんは納骨のタイミングで弟の嫁に連絡を取り、メールに遺言書の写しを添付して送付したところ「承知しました」との一文が返ってきたそうです。
「母から、弟への贈与について教えてもらい、遺言書も残してくれていたので、本当に助かりました。もしこの準備がなかったら、どれほど大変な状況になっていたかと思うと…」
田中さんはそういうと、安堵した表情で事務所を後にされました。
あらためて、公正証書遺言の果たす役割は大きいと感じたケース例でした。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
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