マークスが恋した日本文学、日本美術、日本文化
すべては変化する。このことは、どのような存在にあっても基本的な真実です。この真実を誰も否定できませんし、またブッダのすべての教えは、この中に凝縮されているともいえます。
──鈴木俊隆(しゅんりゅう)『禅マインドビギナーズ・マインド』(サンガ)
ハワード・マークスはペンシルベニア大学の学部生だったときに、美術の実技の履修を申しこんだ。経営を専攻する学生としては奇異な選択だったが、子どものころから美術の成績がよかった。
「初回の授業に出たら、講師が入ってくるなり教室を見渡して言った。『人数が多すぎるな。減らさないといけない。ひとりずつ名前と専攻を言いなさい』 。で、私は言った。『ハワード・マークス。ウォートン校経営学部です』。すると、『よし、きみがまず抜けなさい。出ていって』と言われた」
楽園から追放されたマークスは、別の副専攻科目を探さなければならなかった。そして図らずも日本文学、日本美術、日本文化に恋をした。日本の仏教の授業では、禅の概念である無常を学んだ*1。マンハッタンのミッドタウンにそびえる高層ビルの34階の角に構えたオフィスで、マークスはこの日本古来の考えが自分の人生と哲学にどんな影響を与えたかを話しはじめる。
「変化は避けられないもの。変わらないのは無常であること、それだけだ。環境は変化するという事実を私たちは受けいれなければならない。環境は自分の思いどおりにはならないのだから、自分のほうが合わせるしかない。変化を覚悟し、変化とともに生きるのだ」
マークスは、自然も経済も、市場も産業も企業も、そして私たちの人生も、すべてが流動的なのだと認識している。これは投資家にとって決定的に都合の悪い話だ。変化しつづける情勢とどうなるかわからない将来に大金を賭ける仕事をしているのだから。不安定で不確実な世のなかで、どうしたら賢い決断を下せるのだろうか。
名高い投資家ビル・ミラーもかつて私に言った。「世界は変わる。これが市場の最大の問題だ」。
「ぼくには3つの原則がある。疑う、疑う、疑う」
この問題は投資の世界だけではなく、私たちの生活全般にも及ぶ。フランスの哲学者ミシェル・ド・モンテーニュは書いている。
「われわれも、われわれの判断も、死すべきすべてのものも、絶えず流転する。判断するものも、されるものも変化しつづけるのだから、確実に定まるものは何ひとつない」
1570年代に彼が記したこの一節を私が読んでみせると、著名なフランス人投資家フランソワ・マリー・ウォジックは歓喜した。絶えず変化し、たしかなことを何も証明できない世界で、自身の判断を(あるいは誰の判断でも)買いかぶらないよう用心している彼は言う。
「ぼくには3つの原則がある。疑う、疑う、疑う」
仏教の教えの中心にある流動性の問題は、思慮深い投資家たちの頭を長く悩ませてきた。メリーランド州ボルチモアに自身の名前を冠した投資会社を設立したT・ロウ・プライス *2は、1937年に「変化──投資家にとって唯一確実なこと」と題した小論文を書いた。
当時の地政学的な危険を見きわめようとしたプライスは、ヒトラーの台頭に触れて、「ドイツは領土を広げるだろう。できれば平和的な手段であってほしいが」と大胆な予測を立てた。
その2年後、ドイツはポーランドに侵攻し、世界を6年続く大戦へ引きずりこむ。すべてが変わったが、どう変わるのかは、プライスも誰も的確に予測できなかった。
*1:禅の著名な指導者である鈴木俊隆老師は「諸行無常」という日本語を使い、「すべては変化する」(エブリシング・イズ・チェンジング)の意味だと説明した。
*2:「成長投資の父」と呼ばれるプライスがその会社を設立したのは1937年だった。現在は1兆米ドル以上の資産をもつ、グローバルな巨大企業になっている。
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