(※画像はイメージです/PIXTA)

多くの高齢者が終の棲家として選ぶ「老人ホーム」。しかし、必ずしもすんなりと腰が落ち着くとは限らない。環境になじめず、退去を選択するケースもある。実情を見ていく。

日本国民の4人に1が75歳以上…恐るべき未来が到来

日本の65歳以上人口は2025年に3,677万人、2055年には3,704万人に達し、高齢化率はそれぞれ30.0%、38.0%となるという。また、75歳以上の後期高齢者は、2025年には2,180万人となり総人口の17.8%に、2055年には2,446万人となり総人口の25.1%に…と、いずれ日本国民の4人に1が75歳以上という、恐るべき未来が到来する。

 

当然だが、高齢になれば介護が必要となる人も増加する。要介護率は65歳以上では18.6%と2割弱だが、75歳以上では32.1%に急増。85歳以上では60.6%と、3人に2人程度にまで増加する。

 

介護度が上がれば家族に負担がのしかかるが、近年は単身の高齢者も増加している。国立社会保障・人口問題研究所『日本の世帯数の将来推計(全国推計)』によると、2020年、夫婦のみの高齢者世帯は674.0万世帯のところ、単身高齢者は702.5万人と、単身世帯が上回った。単身の高齢者は、2030年には795.9万人、2040年には896.3万人に達するといわれており、要介護になっても身内に頼れない高齢者は、ますます増加すると思われる。

 

とはいえ、介護サービスを利用すれば要介護でも生活は可能だ。また、家族がいても負担をかけたくないと思えば、老人ホームへの入居が選択肢となってくる。

 

だが、いずれにしろ先立つものがなくては始まらない。

 

老人ホームに入居する場合、まず準備すべきは「入居一時金」である。入居一時金とは、家賃の前払いのような性質のもので、〈償却期間5年〉とあれば、その間に少しずつ償却され、期間を超えると退去しても返金されない。また、入居一時金の金額も、0円~数億円と幅広い。比較的多いのは、数百万円から1,000万円程度の施設のようだ。

 

次に「月額利用料」だが、これは施設によって異なるものの、だいたい15万~30万円程度としている施設が多い。

 

さらに、月額利用料に含まれない「理髪代」等は別途請求となる。月額利用料に「含む」「含まない」は、施設によってばらつきがあるため注意すべきポイントのひとつだ。入居後に「想定していた金額と違う!」と慌てるのは、たいてい「月額利用料」の範囲についての認識が原因となっている。これは入居前によく調べておく必要がある。

 

ちなみに、厚生労働省等の資料によると、有料老人ホームの月額利用料は14万円程度で、雑費に月数万円というケースが標準だという。

「料理がまずい」「ほかの入居者と合わない」→退去へ

同じく厚生労働省の調査によると、厚生年金受給者の平均年金受取額は、国民年金と合わせて、65歳以上男性なら手取り14万~15万円、女性なら10万円程度とされている。老人ホームからの毎月の請求を年金で賄えない場合は、貯蓄から補うことになる。

 

しかし、なんとか条件をすり合わせ、入居したとしても、それで一件落着とは限らない。ようやく入居したのに「やっぱり合わない」「退去したい」となることは珍しくないのだ。我慢できずに退去となれば、またイチから新しい入所先を探し直すことになる。

 

そこで問題になるのが退去時の費用である。老人ホームも基本的には賃貸住宅と同じで、退去後に修繕費等の請求がくることもある。普通に暮らしていれば、驚くような金額を請求される心配はまずないが、注意すべきは「入居一時金」だ。多くの場合、入会金のような意味合いで「初期償却率」が設定されているが、上述した通り、少しずつ償却され、定められた償却期間を超えると退去しても返金されない。

 

たとえば、入居一時金が1,000万円、初期償却率20%の老人ホームに入居した高齢者の方がいるとする。しかし、どうしても退去したいとして、クーリングオフ期間直後に退去を決めたとする。その場合、戻ってくるお金は800万円程度だ。もし償却5年なら、1年間で160万円、1ヵ月でおよそ13万円が償却されたことになり、その分が減額された状態で返金される。

 

だが、一時金がまったく戻ってこないケースもある。法的には「老人福祉法第29条第9項」で入居一時金の保全措置が定められており、急な退去でも然るべき金額が返金されることになっている。しかし、厚生労働省による2020年度の調査では、対象2,268の有料老人ホームのうち、前払金の保全措置を講じていない施設が41件あったと報告されているのだ。

「返金されるはずの一時金が!」法令違反の老人ホームもある

一時金の保全措置違反以前に、無届の有料老人ホームが626件あったという。これは全体の3.8%にあたる。それだけの施設が無届けで高齢者を受け入れている。

 

こういった施設は減少傾向にあるが、ゼロにはなっていない。その背景に、人気の高い特養になかなか入居できないこと、そして施設に入るだけのお金がない高齢者が多いということがある。そのような行き場のない高齢者が、無届けの老人ホームへと入居することになる。

 

50代主婦の田中さんは、涙をこらえきれない。

 

体が弱った78歳の独居の母親を老人ホームに入居させたものの、環境になじめず、退去することになってしまったという。

 

「料理がまずい、スタッフが冷たい、ほかの入居者と気が合わない…といって、面会のときに泣いてばかりなのです」

 

「母は兄のお嫁さんと折り合いが悪く、うちはすでに主人の両親と同居しているので、面倒を見ることができなくて…」

 

残念なのは、退去の流れだけではなかった。なんと1,000万円の入居一時金は、1円も戻ってこなかったというのだ。

 

「地方の実家を売ったお金と、母の貯金を合わせても足りなくて、私と兄が必死で不足分をかき集めて準備した1,000万円でしたが…」

 

無届けの施設は低価格帯が多いため、田中さんの母親のような「入居一時金1,000万円」といった施設は珍しいのだが、なかには経営が厳しく保全措置を行っていなかったというケースもある。この点も、経営状態の入念な確認が重要だ。

 

それ以外にも、「重要事項説明」にはさまざまな情報が掲載されているので、よく注意してほしい。あとから「そんなことは知らなかった」では通らないからだ。トラブル回避のためにも、入居前の慎重な対応が不可欠なのである。

 

 

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