遺言で可分債務を含む全財産を一人に相続させた場合の遺留分侵害額の計算方法
私は、先妻との間に長男がおり、現在後妻と二人でアパート暮らしをしています。都内に時価5億円程度の賃貸マンションを所有していますが、ローンが3億円くらい残っておりマンションが担保に入っていて、ローンの返済に充てた残りの賃料収入で生活しています。
私が死んだ後、残された妻の生活のために、賃貸マンションと借金をそのまま妻に相続させたいと思っています。
紛争の予防・回避と解決の道筋
◆可分債務を法定相続分と異なる割合で承継させるには、相続分を指定する遺言によるが、この場合債権者の承認が必要である(民902の2)
◆全ての財産を相続人の一人に相続させる旨の遺言をした場合は、その相続人が全ての相続債務も承継するため、遺留分侵害額の計算に当たって債務額を加えることができない
◆遺留分侵害額請求に対しては、期限の許与を求めることができる
1. 法定相続分と異なる割合で債務を承継させる遺言について、債権者の承認が得られるかを確認する
2. 全財産を一人に相続させる旨の遺言による遺留分侵害額の計算について、債務額加算の要否を検討する
3. 遺留分侵害額請求に対する期限の許与の請求方法を確認する
解説
1. 法定相続分と異なる割合で債務を承継させる遺言について、債権者の承認が得られるかを確認する
(1)可分債務の当然分割の原則
相続債務のうち、金銭債務等の可分債務は、相続人が複数いる場合、相続開始によって、相続人間で法定相続分に応じた割合で当然に分割されます(最判昭29・4・8判タ40・20、最判昭34・6・19判時190・23)。
本事例においては、賃貸マンションのローン3億円は可分債務ですので、私の相続人である妻と長男に2分の1ずつ当然に分割されることが原則となります。
(2)遺言による債務の承継方法の指定と債権者の権利行使
被相続人は、遺言により、相続分を指定することができ、法定相続分と異なる割合によって相続債務を承継させることができます(民902①)。
これに対し、相続債務の債権者は、相続債務について相続分の指定がなされたとしても、遺言の指定に拘束されることはなく、各共同相続人に対して、その法定相続分に応じた権利を行使することができますが(民902の2本文)、その債権者が共同相続人の一人に対して、指定された相続分に応じた債務の承継を承認したときは、法定相続分に応じた権利行使をすることはできなくなります(民902の2ただし書)。
そのため、被相続人が法定相続分と異なる相続分の指定を行う場合、特に、相続人の一人に全債務を負担させるような遺言をする場合には、債務の承継について債権者に承認してもらえるような遺言内容とすることが必須です。
相続人の経済的信用が確保できれば、債権者は承認する可能性が高いと思われますので、経済的信用を確保できるかという視点から検討し、遺言を作成する必要があります。
(3)あてはめ
本事例では、妻には収入がないと思われますので、現時点の妻には経済的信用はありません。そのため、私としては、妻が賃貸マンションを相続することにより、債務弁済が可能であることを債権者に理解してもらえるような準備をしておく必要があるでしょう。
例えば、賃貸マンションが収益物件として問題なく稼働しており、毎月のローンの返済に困難性はないこと、今後も長期にわたって入居者の確保が見込まれること等を示すため、継続中の賃貸借契約の一覧表、建物の管理状況が分かる資料等を準備しておくことが有効と考えられます。