特定財産承継遺言による財産取得と対抗要件の要否
父が亡くなりました。相続人は私と弟の二人です。父の遺産は5,000万円の自宅不動産と3,000万円の預金で、父は自宅不動産を私に、預金を弟に相続させるとの遺言書を残していました。弟は遺言書の内容に不満だったのか、遺言書を無視して、遺産である不動産に法定相続分で相続登記をし、自分名義の持分を第三者に売却してしまいました。
紛争の予防・回避と解決の道筋
◆法定相続分を超える権利の承継を第三者に対抗するには対抗要件の具備が必要となる
◆法定相続分を超える不動産所有権の承継は、背信的悪意者を除く第三者に対し、登記なくして対抗することができない
◆共有者の共有持分が2分の1ずつの不動産の処分または管理を行うには、共有者双方の同意が必要となる
◆預貯金債権も特定財産承継遺言の対象となり、債務者対抗要件を具備した後は、遺言で指定された承継人が単独で払戻しを受けられる
1. 被相続人の死亡後速やかに遺言の有無とその内容を把握し、不動産につき特定財産承継遺言がある場合には、速やかに相続による所有権移転登記手続をする
2. 不動産を取得した第三者につき、背信性の有無を調査する
3. 不動産が第三者と共有状態になった場合には共有物分割請求を検討する
4. 不当利得返還請求権を保全するため、預貯金債権の仮差押え等を検討する
解説
1.被相続人の死亡後速やかに遺言の有無とその内容を把握し、不動産につき特定財産承継遺言がある場合には、速やかに相続による所有権移転登記手続をする
(1)特定財産承継遺言の意義
特定財産承継遺言とは、遺産の分割の方法の指定として特定の財産を共同相続人の一人または数人に承継させる旨の遺言をいい、特定財産承継遺言がなされているときは、直ちに当該相続人に相続により所有権が帰属することになるため、当該特定の財産は遺産分割の対象ではなくなります(民1014②)。
なお、特定財産承継遺言がなされた場合において、対象となった特定の財産が当該相続人の法定相続分を超えるときは、超過分の調整を予定していないとみるのが合理的であることから、相続分の指定を伴う遺産分割方法の指定と解釈されます。
(2)対抗要件主義の採用
平成30年の民法改正(令和元年7月1日施行)で、遺産の分割によるものかどうかにかかわらず、相続人が法定相続分を超える権利を承継した場合において、当該承継を第三者に対抗するためには、登記、登録その他の対抗要件を備える必要がある旨定められました(民899の2)。
改正前の判例においては、遺言による特定財産の法定相続分と異なる権利承継について、登記等の対抗要件を備えなくとも、その権利の取得を第三者に対抗できるとされていましたが(最判平14・6・10家月55・1・77、最判平5・7・19家月46・5・23)、これを、相続債権者や被相続人の債務者等の第三者保護の観点から、上記のとおり改正したものです。
(3)本事例での対応
本事例のように、特定財産承継遺言により自宅不動産を単独で承継することが指定されている場合でも、改正法のもとでは、法定相続分(本件では持分2分の1)を超える権利の承継につき、対抗要件を具備しなければ第三者に対抗することができません。
もっとも、受益相続人が第三者に対して法定相続分を超える権利の取得を対抗するためには、取得した権利の「全体」について対抗要件を備える必要があります。
そのため、本件のような遺言があり、遺言に従った不動産の承継を望む場合、その承継を第三者に対して主張するには、当該不動産につき相続に基づく所有権移転登記手続を行う必要があります。
相続開始後は、他の共同相続人が第三者に法定相続分に応じた持分を譲渡したり、他の共同相続人の債権者が当該相続人の法定相続分に応じた持分を差し押さえる等の事象がいつ生じるか分かりませんので、権利を確保するためには上記の登記手続を速やかに行う必要があり、それにはできるだけ前もって遺言の内容や登記に必要な書類等を確認しておくことが望ましいといえます。
なお、令和3年の民法改正(令和5年4月1日施行)に基づいて不動産登記実務の運用は変更され、登記権利者は、法定相続登記がなされている場合であっても特定財産承継遺言による所有権の取得に関する登記を単独申請により、更正登記として行うことができるようになりました。
これによれば、弟が法定相続分で相続登記をしたとしても、第三者に移転登記を行う前であれば、特定財産承継遺言に基づき単独で、私の所有名義に更正することができることになります。