2. 全財産を一人に相続させる旨の遺言による遺留分侵害額の計算について、債務額加算の要否を検討する
(1)遺留分について
兄弟姉妹以外の相続人には、遺留分があります。
遺留分とは、被相続人の財産のうち、法律上その取得が一定の相続人に留保されていて、被相続人による自由な処分に制限が加えられている持分的利益のことをいいます。
遺留分は、相続人である遺族の生活保障等のため、相続人の保護の観点から認められたものになります。遺留分割合は、遺留分を算定するための財産の価額(民1043①)に、直系尊属のみが相続人である場合は3分の1、それ以外の場合は2分の1を乗じたものとなります(民1042①)。
さらに、相続人が数人ある場合、各相続人の取得割合は、前記の額に法定相続分を乗じたものとなります(民1042②)。そして、遺留分を算定するための財産の価額とは、被相続人が相続開始の時に有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除した額となります(民1043①)。
(2)遺留分侵害額請求の計算方法について
被相続人の遺言等により、相続人が取得する利益が遺留分に満たない場合には、遺留分が侵害されていることになります。遺留分を侵害された者は、遺留分を侵害している受遺者や受贈者に対し、遺留分侵害額請求を行うことができます。
遺留分侵害額を求める計算式は、遺留分額から①遺留分権利者が受けた贈与、遺贈および特別受益の額-②遺留分権利者の具体的相続分+③遺留分権利者が負担する債務となります(民1046②)。
このように、遺留分侵害額には、遺留分権利者が負担する債務が加算されることになりますので、債務額が大きければその分、遺留分侵害額が増えることになります。
裏を返すと、遺留分侵害額請求は、金銭請求となりますので、受遺者らが準備しなければならない金銭負担が増えてしまうことになります。受遺者らが、債務は自らが相続した上で、債権者と協議しながら返済を考えていたとしても、遺留分侵害額請求がなされた場合には、対応しなければなりません。そのため、遺留分侵害額請求を最小限に抑えるような対策を講じる必要があります。
(3)全ての財産を相続させる
遺言全ての財産を相続人の一人に相続させる旨の遺言をした場合には、被相続人の積極財産だけではなく、被相続人の債務も全てその相続人に承継させることができます。
この点について、判例(最判平21・3・24民集63・3・427)では、相続人のうちの一人に対して財産全部を相続させる旨の遺言により相続分の全部が当該相続人に指定された場合、遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人に全てを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り、相続人間においては当該相続人が相続債務も全て承継したと解され、遺留分の侵害額の算定に当たり、遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することは許されないと判断されています。
つまり、被相続人が、相続人の一人に対して、財産の全部を相続させる旨の遺言をした場合、相続債務についても、その相続人が全部を相続することになります。遺留分権利者は相続債務を相続しませんので、遺留分侵害額を計算する場合、遺留分権利者の債務額は加算されないということになります。
本事例において、私が妻に全財産を相続させる旨の遺言を作成すれば、賃貸マンションと借金の全てを妻が相続することになり、長男は債務を相続しないことになります。長男が妻に対し、遺留分侵害額を請求する場合に長男の負担する債務がないため、債務額を加算することはなくなります。
(4)具体的なあてはめ
(計算)
まず、本事例における長男の遺留分割合は、相続人が二人であるため、2分の1×2分の1=4分の1となり、遺留分を算定するための財産の価額は5億円-3億円=2億円となります。そのため、長男の遺留分は2億円×4分の1=5,000万円となります。
そして、長男の遺留分侵害額の計算をする場合、長男が法定相続分に応じた債務を負担することになるのであれば、長男の遺留分侵害額は、5,000万円+1億5,000万円(3億円×2分の1)=2億円という計算になってしまいます。
すなわち、妻は、長男から遺留分侵害額請求をされた場合、2億円の現金を準備しなければならないことになり、経済的な負担が大きくなってしまいます。
他方で、妻に全財産を相続させるとの遺言があれば、相続債務であるローン3億円は全て妻が相続することになり、長男が債務を負担することはありません。つまり、長男の遺留分侵害額を計算する場合に、長男の債務が加算されないことになり、長男の遺留分侵害額は5,000万円のみになります。
このように、相続人が債務を負担するか否かにより、遺留分侵害額の金額が変わってきますので、遺言書を作成する際は、注意する必要があります。