「この曲パクリだろw」一般人がいくら騒いでも、ミュージシャン同士で〈パクリ訴訟〉が起きにくい裏事情【一級知的財産管理技能士が解説】

「この曲パクリだろw」一般人がいくら騒いでも、ミュージシャン同士で〈パクリ訴訟〉が起きにくい裏事情【一級知的財産管理技能士が解説】
(画像はイメージです/PIXTA)

パクリ疑惑は、アニメやゲームだけではなく「音楽」にも浮上します。ただし音楽業界の場合はやや特殊で、例えば、本当に同じメロディラインを使用しているが実は当事者同士ではすでに話がついていて、「外野が勝手に騒いでいるだけ」という構図になっていることも珍しくないようです。音楽業界独自の著作権事情とは? 一級知的財産管理技能士・友利昴氏の著書『エセ著作権事件簿』(パブリブ)より一部を抜粋し、見ていきましょう。

<前回記事>「このネタ、既出かも…」パクリ認定を恐れて〈事前に類似作品をググる〉の、むしろ止めたほうがいい【一級知的財産管理技能士がアドバイス】

音楽業界はある意味「パクられ妄想の宝庫」

ポピュラー音楽に関するパクリ疑惑は、SNSやニュースサイト、週刊誌などでしょっちゅう目にする。ある意味、音楽業界はパクられ妄想の宝庫である。もっとも、メロディを紙上で比較して論じるには限界があるので、本稿ではまとめて簡単に述べよう。

音楽業界は使用許可が出るのに時間がかかる

邦楽史上、筆者が最もひどい言いがかりだと思うのは、宇多田ヒカルの初期作品「Never Let Go」に対する疑惑だ。複数の週刊誌が、英歌手・スティングの「シェイプ・オブ・マイ・ハート」と「ウリ二つ」「盗作疑惑」などと報じたのだ。映画『レオン』の主題歌になった曲で、アルペジオによるギターリフが印象的な曲だ。確かに「Never Let Go」のギターリフはこれにそっくりなのだが、そっくりなのも当たり前。最初からスティングの許可を得て収録しているのだ。それを盗作とはあまりにひどい言いがかりだが、CDの初出時には原曲クレジットが掲載されていなかったため、誤解を受けた(その後の版では、宇多田とスティングらの名前が併記されている)。

 

なぜこんなことが起きるのか。理由のひとつとして、洋楽のアーティストは、曲の使用許可を出すのにものすごく時間がかかることがあげられる。筆者も洋楽の権利者と交渉した経験が多少あるが、「返事がいつになるか分からない」と言われることがあり、途方に暮れた。担当者と仲良くなってくると、「あのバンドはメンバー全員がバラバラだから意思決定に時間がかかる」「あの作家は、許可は出すけどカネにうるさい」「あの作家はなんでもOKするから気長に待ってて」などと内情を教えてくれたりするので楽しいのだが。

 

そして、正式な許可書の発行までにあまりにも時間がかかる場合、内々では使用料などの条件を合意しておいて、クレジット表記は正式許可の際に通知されることがある。それが発売日を過ぎてしまうことも珍しくはないのだ。結果として、発売後にクレジットの差し替えが生じることがあり、傍から見れば盗作やトラブルがあったかのように見えてしまうというわけだ。

 

音楽配信の時代には、そもそもリスナーが作曲者や許諾クレジットを目にする機会もない。もしそっくりな曲に気がついても、不正視して騒ぐ前に、当事者同士ですでに話がついている可能性も想像した方がいいだろう。

「もはやホメてるだけでは!?」な言いがかりも

単純に「それ似てない」というべき疑惑も多い。これもかつて複数の週刊誌等で指摘されたことだが、浜崎あゆみのヒット曲「SEASONS」は、中島みゆきとGLAYと松山千春のフレーズをパクっているという。だがそれだけバラバラな歌手を寄せ集めたら、もはや別物であろうと素朴に思う。

 

似た指摘に、平井大の「THE GIFT」は、エリック・クラプトンの「ティアーズ・イン・ヘヴン」、マイケル・ジャクソンの「マン・イン・ザ・ミラー」、ビージーズの「ハウ・ディープ・イズ・ユア・ラブ」のパクリだとするものがある。でもそれって、逆にホメてないか!? これほどのビッグネームの名曲の数々を、同時に思い起こさせる楽曲ってスゴいことだと思う。

「ありふれた表現で似て当然」…プロ音楽家の冷静な判断

このように、外野が勝手に騒ぐ例は多いが、実際にミュージシャン同士で争いになったり、裁判沙汰に至った例は意外と少ない。中島みゆきもエリック・クラプトンも、そんなにヒマではないということか。どうも一般人の耳にはパクリのように聞こえる曲でも、プロの音楽家にいわせれば、「ありふれた表現で似て当然」「オリジナリティを主張できる箇所を比較すると似ていない」と分析できるケースが多いようだ。

 

小林亜星作曲の「どこまでも行こう」とよく似た、服部克久作曲の「記念樹」という楽曲がある。これは、数少ない裁判沙汰になった事例のひとつで、最終的に著作権侵害が認定されている。だが作曲家の玉木宏樹は、判決には賛同しつつこう警鐘する。「亜星さんのメロディ自体、以前に誰かが書いたようなPD〔パブリック・ドメイン。ここでは著作権を認め難いありふれたメロディのニュアンスであろう〕っぽい曲であり、あまりガンジガラメにすると自縄自縛、自家撞着になりかねない危うさがある(※注1)」。また作曲家のすぎやまこういちは、判決自体に不服を表明していたという。
 

演歌歌手・平浩二の「ぬくもり」の歌詞が、Mr.Childrenの「抱きしめたい」とほとんど同じであることが分かって騒動となったことがあった。ミスチルが訴えたりしたわけではなかったが、CDが回収となった。

 

素人目には本当にほとんど同じで、言い逃れ不可能という情勢の中、ミュージシャンの近田春夫は「どちらも要するに歌謡曲としては相当に常套句的な表現そしてありがちな物語に終始しているので俺はこのぐらいのことは〔偶然に〕起こってもおかしくないのでは…と考えてしまった(※注2)」と評している。

 

プロのミュージシャン同士で盗作論争や訴訟が起きにくいのは、こうしたプロならではの知見に基づく、冷静で慎重な姿勢が背景にあるのだろう。

 

(※注1)玉木宏樹「著作権コーナー」2022年9月10日

 

(※注2)『週刊文春』2015年12月31日・1月7日新春特大号(文藝春秋)近田春夫「考えるヒット」p.77

一方アメリカでは、セレブリティがエセ著作権訴訟の標的に

対極的なのが米国だ。訴訟社会というお国柄に加え、日本とは音楽ビジネススキームが異なり、人気アーティストの収入がケタ違いに多いせいか、彼らは頻繁にエセ著作権訴訟の標的になっている。

 

アーティスト側も面倒だからか、幾ばくかの(といっても一般人にはあまりに高額な)金銭を払って和解するケースが目立つ。やましいことがないなら本来は突っぱねるべきだが、訴訟で争うとなると、最終的な判決が確定するまで何年もかかることもある。報道によるイメージダウンも心配だ。

 

例えばレッド・ツェッペリンは、70年代の名曲「天国への階段」について、2016年になって著作権侵害の疑いをかけられている。最終的には勝訴しているが、濡れ衣を払拭するまでに4年もかかっている。そう考えると、「なるべく早くカネで黙らせる」は、セレブにとっては合理的な解決策なのかもしれない。だが、そうした態度がエセ著作権者をつけあがらせ、金銭目的の訴訟を増やしているのである。

そんななか、「カネで黙らせる」をしなかったブリトニー

そんな中で評価したいのがブリトニー・スピアーズだ。ヒット曲「Hold It Against Me」に対して、カントリー歌手のデヴィッド・ベラミーが、自身の楽曲「If I Said You Had A Beautiful Body, Would You Hold It Against Me」の盗作だと主張したのだ。当初ベラミーは、"Hold It Against Me"程度の文節の一致で、「タイトルが盗作」と言いがかりをつけていた。だが後に彼が正式に弁護士に相談したところ、それはあまりにもムチャクチャだと諭されたようだ。

 

弁護士もそのままベラミーを止めればいいものを、結局、軌道修正して「ベラミーの曲を2倍速にするとブリトニーの曲に似ている」などと主張している。そこまで加工しなきゃ似てないのかよ! ムチャクチャであることには変わりはないのであった。

 

だがこの事件では、ブリトニー側は簡単には屈さなかった。プロデューサーのドクター・ルークがやり手で、先にベラミーを名誉毀損で訴えたのだ。この結果、ベラミーはすぐさま自身の主張を撤回して謝罪。わずか半年で騒動は解決している。他のセレブにも見習ってほしいバイタリティだ。

 

 

友利 昴

作家・一級知的財産管理技能士

 

企業で法務・知財業務に長く携わる傍ら、主に知的財産に関する著述活動を行う。自らの著作やセミナー講師の他、多くの企業知財人材の取材記事を担当しており、企業の知財活動に明るい。主な著書に『職場の著作権対応100の法則』(日本能率協会マネジメントセンター)、『エセ著作権事件簿』(パブリブ)、『知財部という仕事』(発明推進協会)、『オリンピックVS便乗商法』(作品社)など多数。

講師としては、日本弁理士会、日本商標協会、発明推進協会、東京医薬品工業協会、全日本文具協会など多くの公的機関や業界団体で登壇している。一級知的財産管理技能士として2020年に知的財産管理技能士会表彰奨励賞を受賞。

 

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※本連載は、友利昴氏の著書『エセ著作権事件簿』(パブリブ)より一部を抜粋・再編集したものです。

エセ著作権事件簿

エセ著作権事件簿

友利 昴

パブリブ

著作権ヤクザ・パクられ妄想・著作権厨・トレパク冤罪…。一級知的財産管理技能士の筆者が「言いがかり」71事件の顛末・裁判例を徹底批評! 合法かつ正当に表現するための知恵と勇気を身に着けよう! <収録内容> ●宮…

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