<関連記事> 実は恐ろしい「他人のパクリを疑う」発言…「軽率に“盗作の濡れ衣”を着せる人」を待ち受ける高額賠償【一級知的財産管理技能士が解説】
パロディ元からお叱りを受けた人気漫画家
2018年10月、ギャグ漫画家・大川ぶくぶ原作の不条理系4コマ漫画『ポプテピピック』のキャラクターグッズのスウェットが、漫画家・寺沢武一からお叱りを受けたことがあった。寺沢が問題視したスウェットは、商品名を「左手にサイコガンを持つポプ子」としており、左腕が銃器のようになった『ポプテピピック』の主人公・ポプ子が仁王立ちしたイラストが正面に描かれているものだ(図表1)。
「サイコガン」とは、寺沢の代表作であるSF漫画『COBRA』の主人公・コブラ(図表2)が左腕に装着している武器の名称である。両作品を見比べると、ポプ子の装着する銃器やコスチュームは、まさしくコブラをモチーフにしていることがうかがえる。商品名も相まって、一種のパロディ商品であることが分かる。
このスウェットの存在を知った寺沢が、突然X(旧Twitter)上で大川に「礼儀知らずな人ですね。コブラのサイコガンを勝手に使うのはやめなさい!〔…〕許可をとりなさい!(※注1)」と叱責したことによりネット上で騒動化。その日のうちに大川が「ご迷惑をおかけして大変申し訳ありません。〔…〕版権管理窓口を通して早急に対処させていただければと思います(※注2)」と謝罪した、という顛末だ。
(※注1)寺沢武一 X(旧Twitter) 2018年10月3日(https://twitter.com/buichi_terasawa/status/1047229300892557312)※現在非公開
(※注2)大川ぶくぶ X(旧Twitter) 2018年10月3日(https://twitter.com/bkub_comic/status/1047402429505925120)
『ポプテピピック』のパロディはいずれも見事なまでに合法
この騒動の是非はひとまずおいて、『ポプテピピック』という作品は、もともと尋常でなくパロディネタが多い作品であることに触れておきたい。漫画、アニメ、各種グッズとメディアミックスが展開されているが、どのメディアにも既存作品のパロディが散りばめられている。パロディ対象の元ネタは、『ジョジョの奇妙な冒険』『ドラゴンボール』『機動武闘伝Gガンダム』『スーパーマリオ』『寄生獣』『名探偵コナン』『君の名は。』『となりのトトロ』『るろうに剣心』『ポケットモンスター』『ミッキーマウス』など多岐にわたる。とにかく聖域なくやりたい放題なのである。これら以外にもマイナーな元ネタは無数にあるといわれ、元ネタを見つけるのもこの作品の楽しみ方のひとつになっている。
こんなに遠慮なくパロディにして、法的には大丈夫なのか!? と思われるかもしれないが、いずれのパロディも見事なまでに法的に問題がない。パロディ表現は、何も考えずにやってしまうと、悪気がなくとも元ネタの著作権や商標権に抵触してしまうことはある。かといって、権利侵害リスクを過剰に忌避して迂遠な表現を採用したり、真面目に許可を取りにいって権利者の監修下に置かれてしまうと、パロディのスリリングな面白さは損なわれてしまう。合法かつしっかりと面白いパロディを成立させるには、法律的なセンスも必要なのだ。この点、大川あるいは周囲の編集者やスタッフのセンスは、確かなものである。
恐れ知らずに見えて、かなり慎重かつ綿密に計算されたパロディ
例えば、図表3の漫画のコマは、『ジョジョの奇妙な冒険』の図表4のコマのセリフのパロディである。ロードローラーを敵にぶつけざまに放った「ロードローラーだッ!」というセリフは、他の漫画には見られないインパクトのあるセリフとシーンで多くの読者の記憶に残っているが、この一文節自体を誰かが独占することはできない。
図表5のアニメの1シーンは、『となりのトトロ』の1シーン(図表6)を確実に想起させるが、バス停との位置関係などの構図、キャラクターの容姿が異なり、著作権の発生する具体的表現として類似しているかというと、類似していないだろう(なお図表5のモザイクは元から)。
図表7のTシャツは、ミッキーマウスを連想させることに加え、「ポプ子のけものTシャツ」「のけものですもの 大目に見ててね(※注3)」というキャッチフレーズが付されており、アニメ『けものフレンズ』のパロディにもなっている。しかしイラストの具体的表現としてはミッキーマウスとも『けものフレンズ』のキャラクターとも類似しない。ユーザーには恐れ知らずにタブーを犯しまくっているように見せているが、実際のところ、制作者はかなり慎重かつ綿密に計算してパロディに挑戦していると思われる(※注4)。
(※注3)『けものフレンズ』のアニメ主題歌「ようこそジャパリパークへ」の歌詞の一部「けものは居てものけものは居ない」「けものですもの 大目に見ててね」(作詞:大石昌良)をモチーフにしている。
(※注4)アニメ版のプロデューサーを務めたキングレコードの須藤孝太郎は「オリジナリティを乗っけて、元ネタがかすかに臭うくらいにしないと、パロディとしては成立しない」「明確な境界線は有るようで無い。でも、この作品では、そのジャッジを僕のところでしなければいけない」と、パロディの許容性について相当苦心したことを述懐している(エキサイトニュース 2018年3月17日 丸本大輔「『ポプテピピック』須藤Pを悩ませた『これはアウト、これはセーフ』の境界線」https://www.excite.co.jp/news/article/E1521214186004/)。
正式なコラボTシャツが発売されたが…
法的に問題がないのは、「左手にサイコガンを持つポプ子」のスウェットも同様だ。ポプ子の左手の銃器のデザインはかなり簡略化されたもので、サイコガンといわれればそう見えるが、こういう形の給油ノズルですといわれればそのようにも見える。つまり、サイコガンのイラストの著作物としての特徴を再現できていないのだ。まして衣装に関しては、ありふれたボディスーツにベルトとリストバンドの組み合わせでしかなく、著作権を主張できる余地はまったくないだろう。また、商品名に「サイコガン」を使ったことにも問題はない。「サイコガン」が衣服の分野で商標登録されているわけではないし、そもそも「左手にサイコガンを持つポプ子」と「サイコガン」では類似もしない。
したがって、寺沢の怒りは法的には筋の通らない言いがかりだといわざるを得ない。もっとも、寺沢もこのパロディ商品を違法だと指摘したわけではなく「礼儀知らず」だから「許可をとりなさい」と怒ったのだ。しかし、合法なパロディをするのに、事前に許可を取ることを「礼儀」という名目で強要することが妥当だとは思えない。それに見方を変えれば、合法なパロディであるにもかかわらず、公に他人に対して「許可を取れ」と叱責することの方が「礼儀知らず」ともいえるだろう 。
そして、ひとつ確かなことがある。パロディ商品を出すのに、元ネタへの「礼儀」を尽くし、その「お気持ち」に忖度することを是とすると、どうしても表現の勢いがトーンダウンしてしまうのだ。事件後、寺沢と大川は和解したようで、お互いのキャラクターをコラージュした、『COBRA』×『ポプテピピック』の正式なコラボTシャツが発売されている。ところが、これがまぁ実に穏当なイラストで、まったく面白くもなんともないのである(図表8)。あのまま「礼儀知らず」でスリリングなパロディ精神を貫き通す方が、正解だったのではないかなぁ。
友利 昴
作家・一級知的財産管理技能士
企業で法務・知財業務に長く携わる傍ら、主に知的財産に関する著述活動を行う。自らの著作やセミナー講師の他、多くの企業知財人材の取材記事を担当しており、企業の知財活動に明るい。主な著書に『エセ商標権事件簿』(パブリブ)、『職場の著作権対応100の法則』(日本能率協会マネジメントセンター)、『知財部という仕事』(発明推進協会)、『オリンピックVS便乗商法』(作品社)など多数。
講師としては、日本弁理士会、日本商標協会、発明推進協会、東京医薬品工業協会、全日本文具協会など多くの公的機関や業界団体で登壇している。一級知的財産管理技能士として2020年に知的財産管理技能士会表彰奨励賞を受賞。
【関連記事】
■税務調査官「出身はどちらですか?」の真意…税務調査で“やり手の調査官”が聞いてくる「3つの質問」【税理士が解説】
■月22万円もらえるはずが…65歳・元会社員夫婦「年金ルール」知らず、想定外の年金減額「何かの間違いでは?」
■「もはや無法地帯」2億円・港区の超高級タワマンで起きている異変…世帯年収2000万円の男性が〈豊洲タワマンからの転居〉を大後悔するワケ
■「NISAで1,300万円消えた…。」銀行員のアドバイスで、退職金運用を始めた“年金25万円の60代夫婦”…年金に上乗せでゆとりの老後のはずが、一転、破産危機【FPが解説】
■「銀行員の助言どおり、祖母から年100万円ずつ生前贈与を受けました」→税務調査官「これは贈与になりません」…否認されないための4つのポイント【税理士が解説】