そのリサーチは何のため?
デザイナーやクリエイターの中には、自分が作品をつくろうとするとき、事前に、過去に誰かが似たような設定やアイデアの作品を世に出していないかをわざわざリサーチする人が少なくない。既存作品と類似してしまうことを避けるためだ。
今までに誰も見たことがなかったような作品には、それだけで価値がある。これは確かだろう。この世に唯一無二の作品をつくることこそ、究極のオリジナリティだ。それを目指すべく、似た設定の企画が先にあれば、迷わずボツにする。こうしたストイックで前向きな動機ならば、尊重したい。
だが問題は、似た作品が先にあるとクレームが来るかもしれない、「パクリ」だといわれるかもしれない、といった後ろ向きな理由でリサーチする行為だ。こういう行為が止められない人は、例えば記事などのネタとして思いついたキーワードを検索して、似たような趣旨の記事が先にあれば、なんだか不安になって創作の手を止めてしまう。あるいは、ロゴマークやキャラクターのデザインであれば、あらかじめGoogle画像検索などで似たデザインがないかを探し、先行作品と差別化することに躍起になって、複雑な作品をつくりあげてしまう。
2020年東京オリンピック大会のエンブレムが、パクリ騒動で騒がれたことがあった。その後に採択された2025年大阪万博のロゴマークは、ロゴマークとしては何物にも似ておらず、オリジナリティこそ異様に高かったが、まさしく複雑怪奇としかいいようのないデザインだった(ちなみに、それでも「キャラメルコーン」のパッケージに似ているなどと指摘されていた)。
これを「リスクヘッジのためだ」といえば聞こえはよいかもしれない。しかし、類似する既存作品があったことを理由に、新たな創作のモチベーションを下げたり、表現に自ら制限を設けたり、作品の質を落とすというのは、本末転倒ではないか。
そんなことを肯定するならば、良質な作品は過去にしか存在しなくなってしまう。斬新だが難解な作品に首をひねるくらいなら、恋愛小説はずっと『ロミオとジュリエット』を読んでいればいいし、推理小説はずっと『シャーロック・ホームズ』を読んでいればいい。オリンピックは、昔の大会のエンブレムを順番に使い回していればいい、ということになりかねない。
「似ている=不正」ではない。先行作品を恐れるな
偶然に先行作品と似てしまった作品は、凡庸や陳腐と評されることはあるとしても、不正行為といわれる筋合いはない。もちろん、著作権法上の問題もなく、先行作品もそれに似た後発作品も両方等しく保護される。ビクビクしなさんなという話である。受け手も作り手も、「似ている=不正」という思い込みから解放されなければならない。仮に過去に似た作品があったとしても、それを越える作品、視点を変えた作品、違う魅力を引き出す作品をつくればよいのだ。
どうしても過去の作品と類似することが不安ならば、逆に、事前に似た作品があるかどうか調べるのを止めてみてはどうだろうか。似た作品を見てしまうから、影響を受けてしまう可能性を排除できないのである。創作に打ち込むと決めたら、参考になりそうな資料をシャットアウトして、自分の内面と向き合うのだ。あるいは参考資料に目を通すときでも、頭には入れず、あまり記憶に留めないように意識することだ。
似てる話は調べない
漫画原作者の大場つぐみは、これを体現しているようだ。漫画家の立身伝を描いた作品『バクマン。』で、主人公をしてこう語らしめている。「似てる話あるかどうかは調べない/これ大事/実際パクってないし自信持って自分の味付け(※注1)」【図表】。見ない、調べないからこそ、仮に似た作品があったとしても、自分の想像力と表現力によって差別化できるということだ。
(※注1)大場つぐみ(原作)、小畑健(マンガ)『バクマン。第7巻』(集英社)2010年 p.73
もし似た作品を探すなら、むしろ作品を完成させた後ではないか。そこで自分の作品が先人の作品の焼き直しに過ぎないと思ったら、類似点や相違点を観察、分析し、手直しすればよいのだ。
自分の想像力“だけ”に頼る。これが一番のリスクヘッジ
以前、筆者は、ソニーグループのインダストリアルデザイナーの髙木紀明から、面白い話を聞いたことがある。髙木は、犬型エンタテインメントロボット・aiboをデザインする際、本物の小犬を一切見ないようにしていたという。「見て参考にしたい」という欲求を抑えながら、自分の心の中の小犬を想像してスケッチを重ねていたというのだ。その理由を「引っ張られるのが嫌だった」と表現した彼は、続けてこう話してくれた。
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今はインターネットで何でもお手本が検索できますが、これらに頼るとどうしても既存デザインのブレンダーのような仕上がりになってしまいますし、自分の想像力も枯渇します。初めは自分の想像力だけに頼って何かをつくりだして、その後で『答え合わせ』として『世の中に既にあるものとはどんな違いがあるだろうか』と比較することが大切です。そこで初めて既存の事物のデザインから気づきや学びを得られます。それは、最初からお手本を見て描いていては絶対に気づけないことなのです(※注2)
(※注2)『発明 THE INVENTION』2021年2月号(発明推進協会)髙木紀明、友利昴「デザイナーが語る aibo 復活の裏側」p.8
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こうしたクリエイターの証言に耳を傾けると、「パクリ」を恐れて、事前に類似作品を探すことは、むしろ創作の足を引っ張る行為ではないかとすら思えてくる。わざわざ似た作品を探すのではなく、自分の内面に向き合い、想像力を振り絞って創作することこそが、一番のリスクヘッジであり、またオリジナリティの追求にもなるのだ。
友利 昴
作家・一級知的財産管理技能士
企業で法務・知財業務に長く携わる傍ら、主に知的財産に関する著述活動を行う。自らの著作やセミナー講師の他、多くの企業知財人材の取材記事を担当しており、企業の知財活動に明るい。主な著書に『職場の著作権対応100の法則』(日本能率協会マネジメントセンター)、『エセ著作権事件簿』(パブリブ)、『知財部という仕事』(発明推進協会)、『オリンピックVS便乗商法』(作品社)など多数。
講師としては、日本弁理士会、日本商標協会、発明推進協会、東京医薬品工業協会、全日本文具協会など多くの公的機関や業界団体で登壇している。一級知的財産管理技能士として2020年に知的財産管理技能士会表彰奨励賞を受賞。
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