「やっぱり私が母親よ!」代理母が子の引き渡しを拒否…“代理出産”における本当の親は誰なのか?法が下す判断とは【中央大学法学部教授が解説】

「やっぱり私が母親よ!」代理母が子の引き渡しを拒否…“代理出産”における本当の親は誰なのか?法が下す判断とは【中央大学法学部教授が解説】

科学技術の発展により、「代理出産」が認められる国もあります。さまざまな理由で子供を持てなかったカップルにとっては新たな選択肢が広がる一方で、倫理的・法的な観点から賛否が分かれる問題として盛んに議論が繰り広げられています。本記事では、中央大学法学部教授の遠藤研一郎氏の著書『はじめまして、法学 第2版 身近なのに知らなすぎる「これって法的にどうなの?」』(株式会社ウェッジ)より、代理出産について解説します。

表面上は見えづらい「根柢の問題」

さて、この事例、ストーリーも登場人物も単なる空想のものです。しかし大切なことは、このような形での出産が医学上では十分に可能であるということと、そして、実際に、このような条件(または、それに近い条件)でも出産を望むニーズが、私たちの社会の中に潜在的に相当程度あるのではないかということです。

 

そもそも、商業的な代理出産契約は、登場人物全体の効用(主観的な満足度・欲望充足度)を高めるように見えます。事例でも、A子夫妻、B子、C美、そして不妊症センターも含めて、代理出産によってみんなハッピーになったように感じます。

 

どうしても子どもを授かりたいと願う夫婦がいる以上、代理出産という制度は、社会に利益をもたらすようにも思えます。代理出産をする側も、誰かを助けたいという気持ちが満たされる場合もあるでしょうし、仮にそのような気持ちがなくても、お金を稼げる絶好の機会と喜ぶ人もいるかもしれません。

 

ですから、「最大多数の最大幸福※4」を考えた場合、安易にそれを禁止すべきではないという発想になるかもしれません。

 

また、代理出産擁護論の中には、私たちの選択決定の範囲を制限すべきではないとの考え方に基づくものもあります。自由な意思のもとで自己決定をしているのであれば、それが第三者に危害を加えないものである限り、最大限に尊重されるべきである(制限の対象になるべきではない※5)というのです。

 

※4:とくに、哲学者・法学者ジェレミ・ベンサム以降のイギリスの「功利主義」の理念を示す言葉として用いられている。幸福とは個人的快楽であり、社会は個人の総和であるから、最大多数の個人が持つことができる最大の快楽こそが、人間の目指すべき善であると考える。

 

※5:このような考え方を「危害原理」という。J.S.ミルが『自由論』の中で展開した。

代理出産に対する批判的視点

他方、代理出産契約を締結するという選択肢が私たちに与えられてよいのか、不安を覚える人もいるかもしれません。このような契約は、子どもを取引の対象とするものであって、倫理的にも有効なものとして扱われるべきでないと考える人もいるでしょう。

 

また、代理出産をする女性の利益は、損なわれないのでしょうか。たしかに事例のC美は、積極的に契約に合意していますが、合意に至る動機(事例では、貧困からの脱出)に、私たちは無関心のままでよいのでしょうか。

 

統計的に見れば、現在、代理母の多くは貧困層であり、依頼者の多くは富裕層です。それが数値的に逆転することはありません。それでも、自由な意思に基づく契約といえるでしょうか。

 

諸外国では、代理出産に寛容である国もあります。しかし、とくに、卵子と子宮が必ずしもパッケージでなくなって以降(すなわち、子宮貸しのように、依頼者夫婦の受精卵をほかの女性の子宮に移植する方法が、医学的に可能になった後)は、代理出産が、女性を、出産のための単なる道具とみなすものであると批判的に評価する傾向が、世界的に強くなっているように思います。

 

以前は代理出産に寛容であった国(たとえば、インドやタイなど)が、近年、厳しく規制するようになった例も少なくありません。

 

さらに、代理出産が横行した場合に、誰が父となり、母となるのでしょうか。事例においては、A子=気持ち上の母、B子=遺伝上の母、C美=子宮上の母ということになりそうです。このような場合に、A子と子どもの間に、法的な母子関係を認めてよいのでしょうか? 遺伝子上は子どもともっとも深くつながるB子は、子どもとまったく無関係なのでしょうか?

 

C美が、出産後に、「やはり私がこの子の母親よ!」と主張した場合、どうでしょうか? 有名な事件に、アメリカのニュージャージー州で起こった「ベビーM事件」があります。依頼者である夫の精子を用いて人工授精で出産した代理母が、出産後に子の引き渡しを拒否した事件で、州最高裁判所まで争われました※6

 

反対に、生まれてきた子どもが障がいを持っていたために、依頼者が受け取りを拒否した事件もあります。そんな複雑な関係を生み出す可能性のあることを、社会的に許してよいのでしょうか。

 

『こわれた絆——代理母は語る※7』では、代理出産に関係した人たちの苦悩が描かれています。悲劇は、商業的な代理出産だけではなく、善意で行われたはずの無償の代理出産においても起こりうることがわかります。

 

※6:地方裁判所は、代理母契約を有効とし、依頼夫婦に親権があると認めたが、州最高裁判所は、代理母契約を無効とした。そのうえで、生まれた子の父親は依頼した夫、母親は代理母となったが、夫に親権を認め、依頼夫婦は養育権を取得することとなった(結
局、代理母には訪問権のみが認められた)。

 

※7:世界各国の代理母たちの苦悩を取りあげ、商業代理出産や無償代理出産の闇を描く。ジェニファー・ラール/メリンダ・タンカード・リースト/レテーナ・クライン(編)柳原良江(訳)『こわれた絆——代理母は語る』生活書院

 

 

遠藤 研一郎

中央大学法学部

教授

 

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株式会社ウェッジ

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