令和3年、事故物件の「告知義務の緩和」が業界で話題に
令和3年、建設業界で話題になったのが、事故物件における「告知義務の緩和」だ。
事故物件とはいわゆる「心理的瑕疵」がある物件のことで、端的にいうと、事件・事故によって物件内で人が亡くなった、あるいは、事件・事故によって周辺で人が亡くなった、周囲に嫌悪施設等がある、といった物件が該当する。
心理的瑕疵のある物件の場合、入居希望者や購入希望者に対して、契約前にその件を告知することが義務づけられているのだが、令和3年10月、この告知にまつわる新ガイドラインが策定された(https://www.mlit.go.jp/report/press/tochi_fudousan_kensetsugyo16_hh_000001_00029.html)。
なかでも特筆すべきは下記の3項目だろう。
●宅地建物取引業者が媒介を行う場合、売主・貸主に対し、過去に生じた人の死について、告知書等に記載を求めることで、通常の情報収集としての調査義務を果たしたものとする。
●取引の対象不動産で発生した自然死・日常生活の中での不慮の死(転倒事故、誤嚥など)については、原則として告げなくてもよい。
●賃貸借取引の対象不動産・日常生活において通常使用する必要がある集合住宅の共用部分で発生した自然死・日常生活の中での不慮の死以外の死が発生し、事案発生から概ね3年が経過した後は、原則として告げなくてもよい。
この件について、不動産会社の営業担当者は説明する。
「たとえば、タワーマンションの建設現場で死亡事故があった場合、大手デベロッパー等では必ず重要事項説明書に〈工事中の事故で〇人死亡〉といった情報を掲載しており、5~6年経過後もその情報は残っています」
一般にはあまり知られていないが、大規模建造物のエレベーター工事などでは、しばしば転落による死亡事故が起こっている。だが、報道等で表に出ることは滅多にない。転落事故ばかりでなく、建材のウレタンへの着火で起こるボヤ騒ぎもかなりある。もちろん、こちらも規模が大きくない限り、滅多に報道されることはない。
2020年、虎ノ門ヒルズの隣のレジデンシャルタワーの建設中、廃材置き場から火災が発生したことがニュースになったが、これは消防車の出動に気づいた周辺住民がSNSなどで拡散し、多くの人の知るところになった…という経緯があるようだ。
「タワーマンションの建設現場の地下部分で火災が起こったら大変ですよ。消防署はたとえボヤでも総力を挙げて消火活動を行いますから、必然的に何台もの消防車が駆け付けることになります。そうなれば、周辺住民に隠すことはできませんし、SNSで拡散されてしまったら、もはや公表するしかありません。そういった出来事はやはり、重説に書かざるを得ませんね」(同上)
しかし逆に、公表を免れたなら重説にも記載されないのでは? という疑念もわく。
「タワーマンションに限らず、高層ビルの建設現場では〈ボヤがあったが揉み消した〉という話は時々聞きます。私自身も経験がありますが、某オフィスビルの建設現場の作業員に〈今日、消防車が来ていたけれど、ボヤですんだみたい〉といわれ、完成後に関連書類を確認したのですが、この件はどこにも記載がありませんでした」(同上)
近年はすぐSNSですぐ拡散されるので、やむなく重要事項説明書に記載…という流れがあるが、その反面、「情報が漏れなかったから、なかったことに」というケースも実際にあると聞く。
「大手の建設会社の場合、しっかりと重要事項説明書に記載していることが多いです。しかし、中堅クラス以下はどうでしょう。下請けのなかで口止めされていることもあるのではないですか」(同上)
しかし、大手が重要事項説明書へまじめに記載してきた事故情報も、令和3年から告知義務のガイドラインが緩和され、隣接部分や共用部で発生した事故死は告知義務がなくなった。エレベーター工事の事故などは共有部分であることから、事実上、事故情報を記載しなくてもよくなったのである。
告知するも、しないも自由――。このような現状があるということだ。
告知義務の緩和は、物件販売にどう影響する?
では、告知義務が物件の販売に影響するといえるのだろうか?
「あるかもしれませんね、事故物件を回避したい人はいるでしょうから。エレベーターに乗ったときに〈この下で人が…〉と思いながら暮らすのは、抵抗があるのではないですか。もっとも、投資物件として購入する場合は、その限りではないようですが」(同上)
「これまで、工事中に2人転落死している物件を販売したことがあります。もちろん重要事項説明をしたのですが、その方は賃貸物件としての購入だったので〈あぁ、そう〉という一言だけでした」(同上)
仮に報道されていたとしても、その内容が正確であるとはいいきれない。
先日起きた東京・八重洲のビル建設現場事故も、鉄骨の上に2人乗っていた、という報道を「あり得ない」という専門業者の話もある。報道記者だからといって、必ずしも正確な聞き込みをしているとは限らず、報道される側も、それをひとつひとつ訂正して歩くとは限らないということだろう。
「もし仮に、建設現場にたくさんの消防車が集結していても、現場の〈ボヤでした〉という言葉を信じれば、話はそこで終わってしまいます。ですが、もしタワマンの免震用のゴムが焼けていたらどうでしょう。もし鉄骨が熱で溶けて変形していたら? 火事のあと強度の再計算をしていなかったとしたら? どこが燃えたかによっては大問題になる可能性は十分にあります。ですが、報道記者の皆さんがいちいち現場にウラを取りに行くことはないでしょうし、隠されたらそれまでですから」
今回の八重洲の事故に関していうなら、工事の現場監督をしている人たちからは「あの報道はおかしい」という声が聞こえてくるというが、もしかしたら、記者が聞き込みできなかった部分で、もっと恐ろしい事態が発生・隠蔽されている可能性もあるかもしれない。一般人が知らないだけで、現場作業というものは、想像をはるかに超える危険が潜んでいるのだといえる。
「大規模建造物は工期が長いですし、色々なことが起こると思います」(同上)
あえて情報を脱落させる、という手法も
規模が大きくなるほど、工事のミスも頻発する。
東京・三田方面のあるビルの建設現場では、せっかくビルが完成したところ、OAフロアを作り損ねていたことが発覚し、関係者たちが頭を抱えたという。OAフロアとは、建物の床の下に配線などを設置するための層だが、二層構造になっているため床部分が20cm程度厚くなる。あとから足すことは可能だが、床部分の高さが上がることで、フロアの天井が相対的に低くなる。
このようなうっかりミス・うっかり事故というのは、建設現場の見えないところで多発している。もっとも、リカバーができる範囲なら重要事項説明書に書く必要もなく、ましてや報道されることもない。
OAフロアを作るのを忘れた、という些細なレベルのミスが多数起きている一方で、人の命に関わることも、もしかしたら隠蔽されているかもしれない。上述した告知義務の緩和で、隠蔽体質がさらに強固なものになるかもしれないのだ。
ならば「暮らす側」はどうすればいいのか。
「〈知らぬが仏〉という言葉もありますが、まあ、細かいことをいちいち気にしないことでしょうね。大手の建設会社を信頼するにしても、肝心の大手自体が情報をつかめていないケースもあるわけで。問題を抱えていても、不動産オーナーが代わる過程で脱落していく情報もたくさんありますから」(同上)
問題のある物件の転売を繰り返し、「重要事項説明書を薄くしていく」という方法は、不動産販売のテクニックの一環でもあるという。
「資料を見れば一目瞭然ですよ。関連会社内で1カ月単位の転売を繰り返したりとか。そもそも知らないことはいわなくていいわけですから、間に挟まった業者が〈知らなかった〉といえば情報は消えます」(同上)
「土壌汚染や、産業廃棄物の埋設などは、所有者を代えていくことによって揉み消す、事実を闇に葬る…という感じですかね」(同上)
ひとつ明確にいえるのは、日本の国土は狭く、人々が便利に暮らせるエリアの不動産には限りがあるということだ。そうとでもしないと、人口を吸収していけないといった「必要悪」の側面あるのかもしれない。
「だれもが事故物件とは無縁ではいられませんよね。現場では日常茶飯事に起きていることなので、その点、覚悟して入居・購入していただければ」(同上)
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