日本病の本質は「デフレ」にある
「デフレ」という言葉は日本ではもはや連日のように聞いているので、すっかり耳に馴染んでしまったかもしれませんが、うかつに馴染まないほうがよい恐ろしいものです。ここで改めて確認しておきましょう。
IMF(国際通貨基金)の定義によれば、2年以上にわたり物価が下がり続けることを「デフレ(デフレーションdeflation)」と言います。「物価が下がる」ということは、裏を返せば「お金の価値が上がる」ということです。
そうなると、デフレ状況における合理的な経済行動は「欲しいモノがあったときはなるべく我慢する」になります。なぜなら、物価が下がっていくので、できるだけ必要ギリギリまで待ったほうが、安く買えるからです。そうやって、人がお金を使わなくなります。
人がお金を使わないので、モノやサービスが売れにくくなります。モノやサービスが売れにくくなると、企業は価格を下げることで競争力を得ようとします。日本でよく聞かれる「価格破壊」が最たる例です。しかし、値下げによって儲けは減るので、働く人の給料は上がりにくくなります。
給料が上がりにくくなれば人々はさらにお金を使わなくなり、モノやサービスが売れなくなります。この悪循環がデフレスパイラルです(図表2)。
当然、景気はますます悪くなっていきます。将来への不安からお金を「使う」より「貯める」ようになり、金利も上がりにくくなります。なぜなら、金利はお金の需給で決まるからです。こうなってくると、もちろん経済成長もしにくくなります。
こうして、日本の「4低」現象=「日本病」が作られました。
諸外国が恐怖する「日本化(ジャパニフィケーション)」とは
「低所得・低物価・低金利・低成長」――
バブル崩壊以降、日本に定着したこの「日本病」は、海外の国々からは「日本化(Japanification)」と呼ばれています。「ああはなりたくない」という恐れから、日本の不況は世界の経済学の研究テーマにもなってきました。
特に「100年に一度の不況」と呼ばれた2008年のリーマン・ショック後には、各国で「日本化」現象が起きました。アメリカの住宅バブル崩壊を主因とするリーマン・ショックと、そこから広がった経済全体へのダメージは、日本のバブル崩壊と同じような状況をもたらしました。
日本のバブル崩壊は日本国内だけでおさまりましたが、リーマン・ショックは経済のグローバル化も手伝って世界中にダメージが波及したので、むしろより影響力が大きな不況だったかもしれません。
しかし、日本以外の先進国では、日本のように長期間デフレに陥ることはありませんでした。いったい何が違ったのでしょうか。
それは政府や中央銀行がデフレを放置し長期化させたか、放置せずに正しく対応したか、の差です。
海外は日本の失敗から学んでいたのです。経済政策の失敗でデフレを放置してしまい、日本病に陥った日本の姿を見て、不況への対策を研究していたからこそ、リーマン・ショックのときに迅速かつ大胆な経済政策を行うことができたのです。その結果、デフレを回避し、「日本化」を免れることに成功しました。