処理水を巡り、「水産物の輸出先No.1」中国が“禁輸”措置
■中国向け水産物輸出額は7月で減少に転じ、前年同月比▲23.0%
農林水産省が9月5日に発表した7月の「農林水産物輸出入情報」から算出すると、7月の日本から中国向けの水産物の輸出額が77.0億円で、前年同月比▲23.0%減に転じたことがわかります。中国政府が福島第一原子力発電所の処理水を巡り、日本産の水産物すべてに対して放射性物質の検査を導入したことが響いたようです。
水産物の7月の世界全体への輸出額は336.7億円と前年同月比▲2.5%減少しました。前年同月比がマイナスになるのは1月の▲3.4%以来6ヵ月ぶりです。1~7月輸出額第3位の米国などへの輸出は伸びたものの、第2位の中国のほか第1位の香港などへの輸出が減りました。
中国向けの輸出が多いホタテ貝の7月の世界全体への輸出額は59.6億円、前年同月比▲28.0%の減少ですが、うち中国向けは32.8億円で前年同月比▲39.5%と大きく減少しました。
国内の水産物市場が縮小傾向にあるなか、日本の漁業にとって海外向けに輸出を増やすことは重要だとされてきました。2022年の日本の水産物の輸出先第1位は中国でした。世界全体への輸出額は3,873.3億円ですが、このうち22.5%に当たる871.0億円を中国が占めていました。
日本政府が原発処理水について海洋放出の方針を示したことで、中国政府は7月から日本産の水産物への放射性物質の検査について、これまでのサンプル検査から全品検査に切り替えました。検査に時間がかかると鮮度が落ちてしまうため、輸出が減少する要因になります。
■9月以降、中国への輸出は「ゼロ」になるおそれも
8月24日から処理水放出が始まったことを受け、中国政府は日本産水産物を全面的に禁輸しています。9月以降は日本からの輸出がゼロになるおそれがあります。中国が、科学的根拠に基づく処理水の安全性を理解して、禁輸を解除して欲しいところです。
また、日本の漁業を風評被害から救う動きが必要です。あくまでも単純計算ですが、中国向けの水産物の年間輸出額を国内消費の伸びでカバーするには、赤ちゃんを含む日本人の人口1.21億人で割ると、1人当たり720円程度多く食べればカバーできることになります。
「中国」関連・先行き判断DIは7月・8月と2ヵ月連続で低下
■インバウンドへの期待で高かったが、禁輸措置などを受け「各10ポイント超」低下
景気ウォッチャー調査の「中国」関連・先行き判断DIは23年1月から7月まで61.3~82.1の高水準で推移しています。昨年は10月の60.0と12月の54.4以外の10ヵ月は景気判断の分岐点の50を割り込んでいました。今年になって、中国のインバウンド需要に対する期待が大きくなっていたようです。
しかし、23年7月には67.0と6月の78.1から11.1ポイント低下しました。不動産不況などで中国の景気の先行きへの懸念があることに加え、中国政府が7月から日本産の水産物への放射性物質の検査を全品検査に切り替えた影響も出ているようです。さらに、日本産の水産物全面禁輸実施後の調査になった8月調査では7月から10.3ポイント低下し、今年最低の56.7になりました。
「処理水」についてコメントした景気ウォッチャーは7月調査では、現状・先行きとも皆無でした。8月24日の原発処理水放出直後の25日~月末が調査期間の8月調査で「処理水」の言及したコメント数は、現状3、先行き29になりました。「処理水」関連判断DIは現状41.7、先行き39.7で景況感の悪化要因になっていることがわかります。
※本投稿は情報提供を目的としており、金融取引などを提案するものではありません。
宅森 昭吉(景気探検家・エコノミスト)
三井銀行で東京支店勤務後エコノミスト業務。 さくら証券発足時にチーフエコノミスト。さくら投信投資顧問、三井住友アセットマネジメント、三井住友DSアセットマネジメントでもチーフエコノミスト。 23年4月からフリー。景気探検家として活動。 現在、ESPフォーキャスト調査委員会委員等。