「ひと手間」で売上が“3倍”に増えた実例
「感動は細部に宿る」――。
筆者はこの言葉が好きで、いつも念頭において仕事をしています。実際に、私たちが商品を買うときのことを思い出してみると、この言葉の意味がしっくりきます。「この丸みがいいんだよな」とか、「この滑らかさにこだわりを感じる」といったように、なぜか商品の細部に惹かれるといった経験がある人は少なくないでしょう。
私たちが商品に惹かれる理由の1つに、「期待を超える」というものがあります。「ここまで気を配っているのか」という驚きが、感動につながるのです。「こんなところ、誰も見ていないよ」などと決めつけて手を抜いたり、手間を惜しんだりしていては、お客様に感動してもらうことはできません。
もしかしたら、その「ひと手間」がお客様に支持をされ、「ファン」になっていただけるかどうかの分岐点かもしれないのです。「ファン」が増えれば売上は上がり、ファンのためにも商品をつくり続けることになります。こうして、好循環が生まれ、長く愛される商品に育っていくのです。
では、その「ひと手間」はどこにかければいいのでしょうか? じつは、「ひと手間」をかけるところは「1つだけ」で十分です。多くのところに手間をかける必要はありません。
売上が伸び悩んでいて、その状況を打開するアイデアがほしいのであれば、一度、まっさらな目でその商品の製造工程や販売方法を見直してみてください。きっとコストや工数などさまざまな理由で、手間をかけることを避けてきたところがあるはずです。そこから目を背けず、一度検討の俎上(そじょう)に上げてほしいのです。
方眼ノートには、手間をかけたいが手間をかけられていない項目を書き出します。そして、なぜ手間をかけられていないかの理由を書きます。さらに、手間をかけることの難易度と、手間をかけたときの効果について、それぞれ「高」「中」「低」と書いていきます。これは、だいたいの感覚で大丈夫です。
そして、タテ軸に効果、ヨコ軸に手間とした十字線の中に配置(プロット)していきます。第一象限(右上)が実施する優先順位が1位、第二象限(左上)が優先順位2位、第四象限(右下)が優先順位3位。第三象限(左下)は「やらない」となります([図表1]参照)。
◆カスタードクリームを「手作り」に変えたベーカリーの事例
あるベーカリーチェーンで行なった施策について、お話ししましょう。この会社は、急速な店舗拡大が裏目に出て、売上が低迷し、倒産寸前の状態でした。私はパンづくりにはまったくの素人でしたが、何らかのアイデアでこの窮地を脱する必要がありました。
社歴の長い社員やパン職人たちにヒアリングをし、どこに「ひと手間」をかけるべきかを図を使ってプロットしていきました。その結果、「優先順位1位」の施策はほぼやり尽くしたことがわかり、「優先順位2位」の施策を実施することにしました。それが、「菓子パンの命であるカスタードクリームの手づくり化」というものです。
カスタードクリームというのはとても重要な素材で、カスタードクリームの味だけで、そのパン屋がどういうレベルなのかがわかると言う人もいるくらいです。
じつは、そのベーカリーチェーンでは、1年ほど前に自前でカスタードクリームをつくることを止め、外注先からの仕入れに変更していました。そして、その変更タイミングから、じわじわとお客様が減り始め、久しぶりに来店したお客様からは、「味が変わった」と言われることも増えていたのです。つまり、菓子パンの命を他人に委ねてしまったのです。
カスタードクリームをつくるのは、簡単なことではありません。職人がつきっきりで、厨房の暑さと戦いながら、1時間以上も大きなボールに入ったカスタードを混ぜ続けなくてはなりません。「少しでも焦げたらおしまい」、というくらい繊細なものです。本当に手間のかかる商材なのです。
それでも、もうやるべきことは決まっていました。「最高のカスタードクリームを自社でつくる」ことに決めたのです。その結果、手間も工数もかかりましたが、カスタードを外注するより、原価を大幅に削減することができたのです。
次に、定番のクリームパンを大幅にリニューアルしたことを伝え、大々的に売る準備です。このクリームパンには慣れ親しんだ名前がありましたが、それも変更することにしました。
結果は大成功でした。「早朝に販売開始しても昼には完売」という状況がしばらく続き、「販売数量は従来の3倍以上に増えた」のです。このクリームパンは、ベーカリーチェーンの収益改善に大きく貢献しました。発売から2年以上たった今でも、このクリームパンは、販売のベスト5に入ります。「ファン」がついたのです。今後、もっともっと長く愛される商品になるでしょう。
ほんの少しの「手間を惜しまない」こと――。それだけで、お客様に長く愛される商品をつくることができるのです。