診療所におけるSDGs
私は小児科の医師である。現在は岡山市内の無床診療所で外来診察を行っている。患者さんの生活や健康には何らかの影響を与えることができる立場ではあるだろう。しかし、環境や政治経済のように大きな問題については、出来ることはない。だが、大きな問題というのも、細かな一つ一つの事例のつながりで構成されている。
つまり私のような医師にも、SDGsは完全に無縁とは言えないテーマであるかもしれない。本稿では、診療所の日常からSDGsを見ていこうと思う。
「風邪だから抗生物質の処方を」のおかしさ
「風邪ですね。お薬を出しておきましょう」
何気ない日常のワンシーンで発せられる医師の言葉。ここには何一つ問題がないように思える。しかし、次にこのような台詞が続いた場合、それは患者を騙す言葉へと大きく変わる。
「抗生物質も念のため出しておきます」
「風邪」は明確な定義が難しい日常用語だが、一般には上気道にウイルスが感染した結果生じる咳嗽、咽頭痛、高熱、鼻汁などを症状とする疾患群を指すと思われる。抗生物質は主に細菌をターゲットにした薬剤で、ウイルスが要因である「風邪」には使われるべきではない。
もちろん、風邪と判断したものの真の原因が細菌感染である可能性は否定できないし、溶連菌感染のように風邪症状でも細菌が関与している場合もある。しかし、例えば急性咽頭炎では8割程度が、急性気管支炎では9割がウイルス感染だ。残りの1~2割である細菌感染症は、診断名としても「風邪」ではない。診断の結果として処方をするという原則論で考えれば、「風邪」の診断で抗生物質が処方されるのは、矛盾していることになる。
これは、必要な患者に必要な薬剤を処方するべきであるという当然の原則に反している。無駄な資源を使うのは、医療に限らず望ましくないだろう。その結果生じてしまうのは不利益だ。人体に影響を与える副作用だけではない。抗生物質に関して言えば、私たち人間と共生している様々な常在菌、あるいは病原性はあるが症状を引き起こすに至らない細菌を殺し、更にはその抗生物質に対する耐性を獲得させてしまう。
もしこれらの細菌が免疫力の低下した人間に対し牙を剥いた場合はどうなるのか。多くの抗生剤に耐制のある多剤耐性菌はこうして出現し、私たちを悩ませている。効く抗生物質がない細菌感染症に対し、私たちが対抗する手立てはほぼないのだ。これが薬剤耐性菌の問題であり、人間に対する不適切な投与の他、家畜などの動物に対する処方も含め、見直しが必要とされてきた。
もちろんこうしたことは、持続可能な社会を目指すSDGsとは相容れない。クリニックの医師として、この動きを助長するような処方は避けたい。私自身、極力正しく診断し、必要な患者さんにのみ抗生物質を処方するように心掛けている。
しかし、こちらが「風邪」と診断した患者さんの一部には、「抗生物質」の処方を望まれる方もいる。希望の処方をしないことで悪評が立ち、クリニックの経営にも関わるとなれば大変である。そのため意固地に拒むわけにもいかないが、当然説明して納得してもらおうと努力する。その努力もむなしい結果に終わることは決して少なくない。