贈与者の死亡によって効力が発生する「死因贈与」
前回の続きです。
伊東さんのお父さんの愛人だった八重子さん。その遺産を自分のものにするため、伊東さんにこんなことを言ってきたのです。
「亡くなる直前に引き出したお金(数千万円)は、『死因贈与』です。だから、それは全部わたしのものなんです」
死因贈与とは、贈与者(あげる人)の死亡によって効力が生まれる贈与のことをいいます。ひらたく言うと、「私が死んだら、あなたに○○をあげます」という約束を、生前に贈与者(あげる人)と受贈者(もらう人)とで交わすことです。
死因贈与は口頭約束でも有効なのか?
八重子さんの言い分はこうです。
「主人(亡くなった方)は病床で、『自分を最期まで看取ってくれた者に財産をやる』と言いました。最期まで看取ったのはわたしです。だから遺産はわたしのものです」
いやいやいや・・・。と、筆者は思わず口にしてしまいそうでした。確かに、死因贈与というのは、口頭で交わした約束であっても有効です。必ずしも、書面がなくてはならないわけではありません。
しかし、『自分を最期まで看取ってくれた者に財産をやる』というような会話は、世間で聞かない話でもないですが、「死因贈与だ!」というのは、いくらなんでも行き過ぎな気がしてなりません。
恐らく八重子さんは、どこかに相談して、こんな知恵を付けられたのでしょうね。自分に相続権がないことを知る前は、死因贈与があっただなんて一言も言わなかったのですから。
結局、伊東さんは、八重子さんとこれ以上話をする気にもなれず、八重子さんが生前に引き出した数千万は八重子さんの手元のままとなってしまいました。
第1回目でも説明しましたが、そもそも伊東さんご兄弟は、八重子さんに、民法上の妻と同等の財産を渡したいと、申し出ていたのです。それを、八重子さんが生前に故人の預金から数千万も引き出したことを正当化するために、見当違いな主張をしたことで、円満な解決とはかけ離れた結果となってしまいました。
愛人に遺産を渡したいなら、方法は他にもあったはず・・・
こんな結果となってしまった後、伊東さんが口にした言葉が、筆者にとってはとても印象的でした。
「こうなってしまうと、亡き父の真意はどういうものだったのか、もはや分かりません。父が亡くなったとき、わたしたち兄弟は、『きっと父は八重子さんに財産を遺したかっただろう』と思いました。だから、八重子さんにそう申し出たのです。
しかし、考えてみれば、父だって、八重子さんに相続権がないことくらい知っていたはず。父が本当に八重子さんに財産を遺したいと思えば、遺言を書くとか、婚姻して籍を入れるとか、選択肢はあったはずです。それを敢えてしなかったということは、もしかしたら、父は八重子さんに財産を遺したくないと思っていたのでしょうか・・・。もはや父の気持ちがさっぱり分からなくなってしまいました」
さてさて、いかがでしたでしょうか。伊東さんのこのケースは、まさに、「死後の準備をしていなかったために、相続トラブルが起きてしまった事例」といえるでしょう。最後の伊東さんの言葉にもあるように、故人が八重子さんに財産を遺したい気持ちがあったのであれば、いろいろと方法はあったのです。
①遺言を遺す
②八重子さんと婚姻して籍を入れる
③生前にきちんとした形で八重子さんに贈与する
伊東さんのお父さんは、これらをまったくせず、さらには、自身の気持ちを誰にも伝えずに旅立ってしまいました。これこそが、遺族の疑心暗鬼を生み、相続トラブルを起こしてしまった原因といわざるとえません。