労働者と経営者の不平等拡大はなぜ起きているのか
共同決定などのステークホルダー資本主義的な仕組みを、民間企業が自発的に採用することはないだろう。
ビジネスモデルを環境に優しく、従業員にも優しくなるように改革する企業が若干は現れるかもしれないし、ビジネスモデルの細かい部分を手直しする企業も少しは出てくるかもしれないが、国全体の経済レベルでビジネスの優先順位を変えるには国の介入が必要だ。
善良な意図をもった人物であっても、株主や経営者の地位にいる人がいまの制度のもとで享受している権力や自由、報酬を喜んで手放すとは思えない。
企業統治に労働者が関与することの価値や利点を全面的に認めたとしても、データを見れば、アメリカとイギリスの企業は株主に優しく、中欧や北欧の国はステークホルダーに優しいという結果が出ている。
株主の利益を最適化しようとするかぎり、労働者はガバナンスから締めだされることになる。ダグラス・アレクサンダーは、「トップを動かしうる社内交渉も外圧もない状況で、企業が自発的により公正で公平な利益配分に向かうというエビデンスはほとんど見当たらない」と言う。
賃金というかたちでより公平な利益配分を求めて闘うには、強硬な社内交渉と外部からの圧力のどちらも助けになる。達成可能な方法としてもうひとつ、より公平な株式配分を求めて闘うことも挙げられる。
経営者と労働者の格差は賃金面でも大きいが、それよりもはるかに大きな格差と不平等拡大の原因となっているのは、資本つまり株式のいびつな配分にある。金持ちがその富を膨らませるのは二週間ごとに受けとる給料が増えるからではない。株式や不動産など所有するさまざまな資産の資本価値が高まるからだ。
何十億ドルもの資産をもつような、私の知る最も裕福な人たちは、収入に占める税金の割合が私よりも少ない。なぜなら、給料の額の大小とは別に、彼らの本当の稼ぎは資産の評価によるものだからだ。
その私でも、本書の執筆に協力してくれた20代の調査助手たちよりは、年間収入に占める税金の割合は少ないはずだ。私は億万長者ではないが、稼ぎは賃金と資本の評価増の混合なのに対し、キャリア初期の若手は賃金しか収入がなく、税率が高くなってしまうからだ。
私の税率が億万長者よりも高く、本書に協力してくれた若者よりも低いのは不合理だと思う。私たちは税金のシステムを抜本的に見直す必要がある。手直しや継ぎ接ぎではなく、全面的なオーバーホールが必要なのだ。
だがそれ以上に、資本の蓄積と増加から労働者が恩恵を受ける割合をいまよりもっと増やさなければならない。こうした恩恵は、歴史的には持ち家というかたちで実現されてきた。
自分の家をもつということはアメリカンドリームにとっても、20世紀のヨーロッパやアジアで中流階級の富の拡大にとっても不可欠だった。アメリカでは、住宅ローンの利子を所得から控除できるように税制を改定したことも後押しとなった。
まずは401(k)のような退職金積立プランから始まった。シリコンバレーがシリコンバレーになった理由のひとつは、金融やコンサルティングなど他の産業から、ストックオプションというかたちの社員持ち株制度に惹かれて有能な人材が集まったことだ。
労働組合は、賃金アップだけが争点ではないことを認識すべきだ。もしウーバーのドライバーが新規株式公開(IPO)の受益者だったら、どれほどよい暮らしができていただろうか。それに、テック系でない、古くからある企業でも従業員が株式で報酬を受けとってはいけない理由などない。テック系のスタートアップ以外の企業もたくさんあるのだ。
報酬の一部を現金ではなく株式にすることにリスクがないわけではないが、ゼロに近い。2008年の金融危機後、株価の回復は住宅価格よりはるかに速かった。新型コロナウイルスのパンデミックのなかでも、株式市場は驚異的なスピードで復活し、パンデミックが猛威を振るうあいだに過去最高値に上昇した。
株式資本主義の最も愚かで最も生産性の低い自社株買いという悪弊に対しても、労働者に株式ベースの報酬を渡すことは部分的な解毒剤になりうる。株式は企業のバランスシートに鎮座したままでいるより、労働者の資産として存在するほうが価値が高い。