アメリカが「参考にすべき国」
パンデミックは、産業界主導のアメリカの社会契約がもはや機能していない、という不都合な真実を暴きだした。いまの若者は学校を卒業したあと、ひとつの職場にとどまるよりも30年間で30の職場を転々とする可能性のほうがおそらく高い。
民間企業が国の経済、政治、社会の健全性にまで強い影響力をもつことは、アメリカ人にとってよりよい結果にはつながらなかった。企業にしても、各種手当や福利厚生の主たる担い手でないほうが嬉しいはずだ。企業は市場の要求によって動いており、それが公平で公正な社会の要求とつねに一致するとは限らない。市場にできないときこそ政府の出番だ。
アメリカのシステムをよく見てみると、政府がもともと抱えていた内部の問題に、企業や富裕層など外部からの働きかけが重なっており、このままではいずれ社会契約が道を外れてしまうかもしれない。ただし、全体像は厳しい状況に見えるが、けっして修復できない問題ではないし、打つ手はある。
アメリカは、覇権を争っていたソ連が凋落したあと、浮かれた気分になった。経済システムのガードレールをなくし、企業や高額所得者への税金を大幅に引き下げた。いまになって、政府が市場を野放しにすれば社会契約に歪みが生じるという現実に直面している。
とはいえ、実効性のある社会契約とセーフティネットの例は世界に数多くあり、アメリカのバランスを正すうえで参考にできるはずだ。
欧州の多くの国や韓国、オーストラリア、ニュージーランドは、ビジネスとイノベーションを、市場の盛衰に直接巻きこまれる労働者の保護と両立させる方法を見いだしている。各国のモデルには長所も短所もあるが、参考になるところが多い。
北欧、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドは民主主義を土台にして、世界で最も強力な社会的セーフティネットを構築してきた。彼らの社会契約のもとでは、国とその機関が、高い質の生活を生涯にわたって国民に保証している。
アメリカの政治経済のシステムは、結果の不平等は承知したうえで国民に機会の平等を提供しようとする。日本のシステムでは、結果の不平等がアメリカほどは大きくない。韓国やイスラエルなど地理的・文化的に遠い国々は、アメリカ型資本主義の自由を謳歌しつつ、より強力なセーフティネットも併せもつ。
一方、世界第二の経済大国、中国はまったく異なるモデルを採用している。中国共産党は過去30年間、権威主義によるトップダウンの統制と資本主義の効率および収益性を組みあわせた社会契約の構築に成功した。
それ以前には不可能と考えられていた政治的統制と経済的自由を両立させることで、人口の3分の2が極度の貧困状態にあった農業国の中国を、地政学的に見ても世界屈指の強大なプレイヤーへと変貌させたのだ。
ただし中国には公的なセーフティネットがほとんどないため、いまの状況を継続するには今後も高い成長軌道を維持しなければならない。