多額の投資で資金繰りが悪化
ところが、そんな甘い考えはいきなり打ち砕かれました。私が転職する前年、祖母の葬儀会社は当時の売上の倍以上の資金を借り入れ、初めてのセレモニーホールを千葉県君津市に建てたのです。
それまで自宅やお寺、集会所での葬儀が中心だったのが、セレモニーホールでの葬儀にシフトするという時代の流れを読んだ祖母の判断自体は間違ってはいませんでした。ただ、千葉の南房総では都市部に比べるとタイミングが少し早かったのです。
思ったほど利用者が集まらず、会社の資金繰りは急速に悪化していました。
当時、社員が6人で祖母ともう一人の親族が役員という構成でした。地元の葬儀業界では最後発であり、なかなか市場に食い込めていなかったということもあり、祖母は反転攻勢をかけようとしていたのです。
そのための要員として私が引っ張られたのだろうと思いますが、市場規模が徐々に縮小しつつあるなかで従来どおりの営業をいくら頑張ってみても、先は見えているというのが私の率直な思いでした。
そこで入社した私はさっそく、新しい営業施策を考えました。
例えば、地元で名の知れた先発組に対抗して個人の顧客を獲得するのは難しいと考え、労働組合といった法人先を開拓することにしました。葬儀の費用でそこそこの金額になるのが白木でできた祭壇のレンタル料です。
そこで生協や労働組合にあらかじめ専用の祭壇を買ってもらい、組合員はそれを割安に利用するという提案を行い、一定の成果を上げました。ただ、ほかにも新しいアイデアをいろいろ出したものの、業界の常識が染み込んでいた祖母や親族の役員とは意見が合いません。
祖母からの期待は感じていましたし、私なりに意欲をもって会社の立て直しに知恵を絞っていたのですが、親族の役員との関係性に気を使う面もあり、お互いに相手に対して踏み込み切れない、もどかしい状態になっていました。
そうこうするうち、会社の経営状態はますます悪くなっていきます。まだ20代半ば過ぎの私には再び転職する手もありましたが、せっかく祖母が立ち上げた会社ですし、投げ出すのも嫌でした。立て直しの方策はいくつか腹にありましたが、それを押し通せるほどの説得力が自分にあるだろうかという葛藤もありました。
しかしあるとき、祖母から「お前がなんとかしてくれ」と言われ、自分の手で立て直すしかないのだと腹をくくりました。
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