アパレル産業が大打撃を受けたコロナ禍、わずか2ヵ月で「アメリカで売上5.5億円」を達成した日本企業の“着眼点”

アパレル産業が大打撃を受けたコロナ禍、わずか2ヵ月で「アメリカで売上5.5億円」を達成した日本企業の“着眼点”
(※写真はイメージです/PIXTA)

企業の62.3%、約174万社*が赤字を抱え苦境に立たされている一方、「社会課題」をビジネスの力で解決している企業はケタ違いの急成長を続けています(*国税庁「令和2年度分 会社標本調査結果について」より)。資源枯渇、大量廃棄、大気汚染、海洋汚染…いま目の前にあふれている社会課題が、いかにあなたを成功に導くビジネスチャンスとなりうるのか。SDGsジャーナル 深井宣光氏の著書『SDGsビジネスモデル図鑑 社会課題はビジネスチャンス』(KADOKAWA)より一部を抜粋し、実際のビジネスモデルから学びましょう。

廃棄アパレルを水素化し、エネルギーとして再利用。Yamagin inc

出所:深井宣光著『SDGsビジネスモデル図鑑 社会課題はビジネスチャンス』(KADOKAWA)
[図表1]Yamagin incのプロジェクト「BIOTECH WORKS-H2® 出所:深井宣光著『SDGsビジネスモデル図鑑 社会課題はビジネスチャンス』(KADOKAWA)

 

社会課題❶衣料品の製造工程&大量廃棄による環境汚染】

●社会課題解決のロジック…製品の製造過程を追跡し、CO2排出削減量と再生可能エネルギー転換量が可視化できる。

 

●社会課題の規模…約255本

⇒服1着を製造する際に排出されるCO2の量を500mlペットボトルに換算した場合(環境省「SUSTAINABLE FASHION――これからのファッションを持続可能に」より)。

 

【社会課題❷衣料廃棄物の焼却と火力発電などによるCO2排出】

●社会課題解決のロジック…廃棄衣料品を再生可能な水素エネルギーに変換し、CO2排出量を削減できる。

 

●社会課題の規模…約11杯分/約2,300L

⇒服1着を製造する際に消費される水の量をお風呂の浴そうに換算した場合(環境省「SUSTAINABLE FASHION――これからのファッションを持続可能に」より)。

 

【社会課題❸化石燃料の枯渇】

●社会課題解決のロジック…水素プラントを構築し、化石燃料から水素エネルギーに変換できる。

 

●社会課題の規模…53.5年

⇒石油が枯渇してしまう年数(世界の石油確認埋蔵量)〔経済産業省資源エネルギー庁「令和3年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2022)」より〕。

アパレル業界が大打撃を受けたコロナ禍、同社が着目したのは…

アパレル業界では、日本だけで年間約30億着、世界では実に200億着以上が廃棄処分されています。そして大量のCO2を排出し環境に負荷をかけ続けています。こうした問題に対し、廃棄される商品を水素化し、エネルギーとして再利用する仕組みによって解決していくのが「BIOTECH WORKS-H2®」です。もともとアパレルメーカーに対して、服地の販売・開発・企画等を提供するテキスタイルスペシャリストであるYamaginが、防護服にも使用できる高性能の次世代素材「ZERO-TEX®」を開発する段階で生まれたプロジェクトで、2023年2月にアメリカで法人化しました。

 

代表の西川明秀さんは2000年にアパレルメーカーから独立し、Yamaginを創業しました。2010年頃から目にするようになった、マイクロプラスチックや漂着ごみによる海洋汚染、大気汚染などの世界規模で起きている問題の現状を知り、「まだ誰も解決できていないなら、自分が可能にする」と決意。国内ではまだ利用が進んでいなかったリサイクルポリエステルやオーガニックコットンに目をつけ、先駆けて自社製品に使用を開始しました。

 

しかし、当時まだ環境意識の低い日本では理解を得られず、割高な商品はほとんど売れないという結果に。2017年ごろから販路を海外に移し、環境意識の高いヨーロッパなどで売上を拡大していきました。2019年には、日本国内での新規の取引先開拓をストップし、日本と海外での売上が同規模になるほど、海外展開を加速。

 

順調に成長を続ける中、2020年に直面したのが新型コロナウイルスのパンデミックです。各地でロックダウンの措置が取られ、外出機会が大幅に減少。アパレル産業は大打撃を受けます。同社も例外ではなく、当初の売上見込から実に数億円ものキャンセルが出ました。しかし、同年7月頃、コロナ禍ならではの新たな社会課題に着目します。

 

それは、米国で問題になっていた、医療用防護服の大量廃棄です。感染拡大を避けるため、使用するごとに医療用防護服を廃棄していましたが、コロナ禍により廃棄量が爆発的に増加。もともと、医療用防護服は通常の衣類よりも多くの布を必要とするため、廃棄量の多さは社会問題化していました。

 

廃棄するのではなく、洗濯して再利用することはできないかと考え、同社ですでに開発していたリサイクルポリエステルを使用した素材を、再利用可能な防護服に最適化。当時米国では、50回洗濯が可能な防護服も流通していましたが、通気性が悪く、長時間装着することも多い医療従事者に負担がかかりがちでした。

 

この点に着目し、高い通気性や透湿性を持ち、従来品よりさらに耐久性に優れ、100回洗濯が可能な素材の開発に着手。同年12月、米国の防護服の基準であるAAMI LEVEL2を満たす素材の開発に成功、防護服としての製品化へ動き出しました。

“日本の傘”をヒントに、2週間で「次世代素材」の開発に成功

しかし、新たな問題が発生します。素材は基準を満たしたものの、防護服の縫製部分で弱さが見つかったのです。たとえ縫製部分でも基準を満たさなければ、米国で医療用として販売することはできません。そこで参考にしたのが、アパレルとは一見まったく関係のない日本の傘製造技術です。

 

縫い目からも水を通さないほど高い精度で作られた日本の傘を作る技術なら、「縫い目からもウイルスも通さない防護服」の製造が可能になるはずと考えます。日本の傘メーカーに問い合わせて縫製技術を学び、わずか2週間で改良に成功しました。「感染ゼロ」、「使い捨てゼロ」、「環境負荷ゼロ」という3つのゼロを実現した「ZERO-TEX®」として、2021年初旬にローンチ。その結果、2020年に負ったキャンセル額の2.5倍にもなる5億5千万円もの売上をわずか2ヵ月で達成。その後も、同素材によって課題解決をし続け、コロナ以前の約3倍の7.5億円規模へと急成長しています。

 

アパレル分野は衣料品の廃棄問題だけでなく、製造過程での環境負荷も大きな課題。環境省によると、服1着を製造するのに500mlのペットボトル約255本分のCO2を排出し、浴そう約11杯分、約2,300Lの水を消費するといいます。3つのゼロを可能にした「ZERO-TEX®」がいかに画期的であったかが見て取れます。

 

さらに、同社では、制服や一般衣料への展開を見据え、工業用の洗濯・乾燥も可能にするなど、改良を進めていきました。2022年10月からは10年ぶりに制服をリニューアルした飲食チェーン「びっくりドンキー」が、直営店全130店舗の制服用エプロンとしてZERO-TEX®を採用。デニムブランド「Lee」など大手ブランドへの展開も決まっているほか、プライベートブランドを展開する企業との提携も続々決定。一般市場への商品展開も拡大しています。

次に目指すは「廃棄ゼロ」。ヒントは「理科の教科書」にあった

この商品を起点に、もうひとつの新しいイノベーションが生まれます。ZERO-TEX®は、先述の通り、「感染・使い捨て・環境負荷」の3つのゼロを実現しましたが、この仕組みだけでは、使用期限を迎えた後の防護服は、最終的に廃棄せざるを得ません。なんとかゴミをゼロにできないかと解決策を探し求めた結果、4つ目のゼロ、すなわち「廃棄ゼロ」への挑戦が始まったのです。

 

同社によると、日本での衣料品の再利用率は26%、7割以上の衣料品はそのまま廃棄されている実態があります。

 

以前からアパレル業界でも、商品をリサイクルする仕組みは存在していました。ただし、そのほとんどが欧州等の環境意識の高い諸外国ではリサイクルとみなされていない、焼却時に生まれる熱を発電に再利用する「サーマルリサイクル」という方法。カーボンニュートラル*の観点からみれば、従来の焼却処分と何ら変わりません。よりクリーンにエネルギー化する方法を探し続けた結果、シリコンバレーでゴミを水素化する技術を持つ会社があるという情報を得ます(*カーボンニュートラルとは、CO2などの温室効果ガス排出量をできるだけ削減し、植林などによる吸収量を差し引き、プラスマイナスで実質ゼロにするということ)。

 

しかし、依然として続くコロナ禍。感染拡大を恐れ、周囲から渡航を反対されましたが、押し切ってシリコンバレーへと渡ります。ただ、この会社を訪問したところ、ゴミを水素化する技術はまだ実現化されていませんでした。しかし、この時西川さんは落胆するどころか、「誰もやっていないからこそ、自分たちで必ず実現させてやる!」と奮起します。

 

アイデアを得るため、理科の教科書を勉強し直した結果、西川さんはそこで、非常にシンプルな解にたどり着きました。それは、「モノを燃やせば、水蒸気と一酸化炭素が生まれる」ということです。「だったら、そこから水素を取り出せばいいんじゃないか」と考え、リサーチを進めるうちに、シリコンバレーでアパレル素材の水素化を実現する可能性が高い企業を見つけました。そして、粘り強いアプローチの末、この企業の協力を得て研究開発を進めることに成功。2022年1月、ついにグリーン水素としてアパレル素材をアップサイクルするプラットフォーム「BIOTECH WORKS®」が誕生しました。

 

現在世界で、生産及び利用されている水素の95%は、地球上の限られた資源である「化石燃料」を燃焼させて生産される「グレー水素」が占めています。グレー水素は生産される際に、気候変動の原因となるCO2などの温室効果ガスを排出してしまいます。一方「グリーン水素」は、水を電気分解させることで水素を生産する方法。再生可能エネルギーのみを使用して生産することで、生産時にCO2を排出させず「水」しか排出しません。世界の気候変動問題を解決する次世代エネルギーとして鍵を握っており、Hydrogen Councilの予測によると2050年までに市場規模は2.5兆米ドルに達し、3,000万人の雇用を生み出す可能性があるとされています。

水素化プロセスを追える「専用タグ」で、環境への貢献度を実感

「BIOTECH WORKS®」は、まずはZERO-TEX®を使用してアパレル商品を展開する企業を対象に実施。企業は自社の商品にQRコードが掲載された「RFID」タグをつけることで、商品の状況を追跡できるようになります。洗濯回数が100回に達した時点で、アプリを通じて消費者にアラート。回収し、契約プラントで水素化することで、再生可能エネルギーへと変換されます。

 

参画する企業は、自社製品の回収によって生み出された、再生可能な「水素エネルギー量」と、それによって実現できた「CO2排出削減量」の公的証明データを得ることができます。これにより、企業は自社の事業活動で排出した二酸化炭素を事実上“相殺”でき、ネットゼロ(温室効果ガス排出が実質ゼロ)が実現できます。

 

さらに、契約プラントでは、ゴミを水素化する段階で出る炭素を炭酸水やドライアイスの原料として再利用する仕組みを導入し、よりクリーンなエネルギー化を実現しました。

 

BIOTECH WORKS®は、エンドユーザーである一般消費者の意識啓発にもつながります。消費者は、RFIDタグに記載されたQRコードにアクセスすると、自分で使った商品が、その後どのように回収され、水素化されたのかを知ることができます。同社では、今後2025年度を目途に日本国内での稼働を目指し、急ピッチで展開を進めています。

 

すでに、世界トップクラスの海外有名ブランドからのオファーも来ているなど、これまで存在しなかったイノベーションの誕生に、世界のアパレル業界が沸き始めています。2022年4月と10月に開催された「サステナブルファッションEXPO」に「BIOTECH WORKS®」と「ZERO-TEX®」を揃えて出展したところ、想定を上回る60社以上の企業から商談希望が殺到。2022年末時点で商談は1ヵ月半待ちとなりました。そしてその結果、「ZERO-TEX®」受注も大幅に拡大し、生産が追いつかないほどとなっています。

アパレル業界から「地球規模のゴミ問題解決」を目指す

同社の見据える未来は、国内のアパレル市場だけではありません。

 

経済産業省によると、国内のアパレル市場規模は減少傾向にあり、バブル期に約15兆円あったものが約10兆円となっています。一方、ヨーロッパの経営戦略コンサルティング会社のローランド・ベルガーによると、世界のアパレル市場規模は2015年に約146兆円だったものが2025年には約300兆円と2倍以上に増加するという試算を出しています。

 

同社ではすでに複数の商社と連携し、BIOTECH WORKS®をASEANで展開することも視野に。さらに、2030年には「ZERO-TEX®」商品だけでなく、すべてのアパレル商品を回収対象とすることを想定し、売上100億円を目標としています(図表2)。

 

出所:深井宣光著『SDGsビジネスモデル図鑑 社会課題はビジネスチャンス』(KADOKAWA)
[図表2]世界のアパレル市場規模 出所:深井宣光著『SDGsビジネスモデル図鑑 社会課題はビジネスチャンス』(KADOKAWA)

 

「廃棄されるアパレルはゴミではなく、燃料。2050年にはアパレルだけでなく、すべてのゴミをエネルギーにする活動のお手伝いをしていきたい。それが、僕のやりたい最終形ですね」と語る、西川さん。

 

アパレル製品は、化学繊維からゴム、木材や金属など、さまざまな素材が使用されています。だからこそリサイクルが難しいという課題がありました。しかし、見方を変えると、アパレル産業のゴミ問題を解決することができれば、世界全体のゴミ問題の解決に大きく前進するということ。同社が描く未来は、地球規模での課題解決の実現です(図表3)。

 

Yamagin inc HPより
[図表3]地球規模での課題解決の実現を目指す Yamagin inc HPより

 

 

SDGsジャーナル 深井 宣光

 

一般社団法人SDGs支援機構事務局長。SDGs/社会課題解決専門ビジネスメディア「SDGsジャーナル」を運営。社会課題解決型のスタートアップ専門ビジネスメディア「Startup-Japan」代表。SDGsを専門知識ゼロでもわかるやさしい言葉で伝え続け、わかりやすいだけでなく行動を喚起する解説者として注目を集めている。経済産業省関東経済産業局のベンチャー支援事業のサポーターや、各種メディア、企業でのSDGs/サステナブル企画の企画・監修のほか、講演、執筆など多岐にわたって活動。著書に『小学生からのSDGs』(KADOKAWA)がある。

 

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※本連載は、SDGsジャーナル 深井宣光氏の著書『SDGsビジネスモデル図鑑 社会課題はビジネスチャンス』(KADOKAWA)より一部を抜粋・再編集したものです。

SDGsビジネスモデル図鑑 社会課題はビジネスチャンス

SDGsビジネスモデル図鑑 社会課題はビジネスチャンス

SDGsジャーナル 深井宣光

KADOKAWA

【急成長ビジネスに学ぶ「成功法則」】 筆者はこれまで、社会課題解決に取り組む起業家、企業、自治体、NPO、国際機関、社会活動家などを対象に、900事例以上の取材・調査・研究を行ってきました。 その中でも特に注力して…

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