妹の主張と長男の苦悩
「私、父さんには冷たくされてきたわ。その分、遺産はたくさんもらわないと納得できない」
「おまえが出入り禁止になっていたのは、夫のせいだろ。おやじに資金を出してもらっておきながら、ホテル経営には失敗するし、レストランを開業しても閑古鳥が鳴くし。おやじにきちんと義理を果たしていなかったから、おやじはおまえの夫を遠ざけたんだ」
「その状態をそのまま放っておいた兄さんは、あまりにも冷たかったわ。私と父さんの間に入って仲裁してくれても良かったのに。父さんの会社をもらっておきながら、新規事業で苦労した私たちのことを悪く言うのはやめて」
「2人とも、会社をもらったもらったと言うけどな、時代は変わっているんだ。ここ20年の会社の業績を知っているか? 赤字が続いているんだ。2人ともそこまで言うなら、ぜーんぶ任せてやるから、会社経営をやってみろ!」
90歳を越える母は、子どもたちの言い争いを聞いておれず、自室に引きこもってしまいました。
次男や妹が年商100億円のF社のビジネスを回していけるはずがない。そんなことは、長男は重々わかっていました。
昭和の時代に膨大な利益を積み上げてきたものの、平成に入ってからはバブルが崩壊、ZARAやユニクロといったファストファッションが台頭し、今や服もインターネットで買う時代となり、アパレル業で利益を出し続けることが容易でないのは、社長になってからの30年で骨身に染みていました。
救いは、長男が3代目を継ぎたいと言ってくれていたことでした。
「この相続をまとめて、弟や妹から株式の買い取りを進めないと、息子に継がせたくても継がせられない。いっそのこと会社を売って、現金を子どもたちに残してやりたいくらいだが……、公益財団や従業員持株会のくっついた会社を、誰が買ってくれるだろうか?」
遺産分割の話し合いがまとまらないまま、F社はコロナ禍に見舞われ、百貨店での売上が一時期ゼロになるなど、本業は大打撃を受けます。
コロナ禍のため、弟や妹との協議の場をリアルで設けることもできず、相続税の申告の期限(相続から10カ月)を超えてしまいました。
「おやじが遺言をしてくれていればなぁ。自分もなかなか遺言を勧めることはできなかった。もう少し強く言えなかったものか……。悔やんでも悔やみきれない」
2代目社長の入った暗いトンネルは、なかなか出口を見いだせそうにありませんでした。