「相続財産が現金だけなら大丈夫」と思っていませんか?
F社の創業者は、生前に会社の株をすべて手放していました。相続時に残る財産は現金と絵画、不動産だったので、「あとはうまくやってくれるだろう」という気持ちだったことでしょう。
しかし、「あとはうまくやってくれ」がうまくいかないのがオーナー経営者の相続です。
生前に長男に譲られた株式が「特別受益」に該当するのかしないのか? 該当するとしたらそれはいくらなのか? そこが非常に難しい計算になります。
なぜなら、非上場の会社の株価がいったいいくらなのか、「公正な価格」を算出することは非常に困難だからです。
非上場株式の株式価値の一般的な評価方法には、次の三つのアプローチがあります。
◆1. コスト・アプローチ
対象企業の貸借対照表の純資産をベースに企業価値を評価する手法です。
もっとも簡便な方法の「簿価純資産価額法」と資産と負債を時価で評価替えする「時価純資産価額法」があります。
貸借対照表をもとにするため客観性が高く、納得感の得やすい方法といえます。弱点としては、将来の収益性を反映できない点が挙げられます。
◆2. インカム・アプローチ
将来的に予測される収益を現在価値に換算することで、企業価値を算出する手法です。
最大の特徴は、将来性や成長性を企業価値に含められることです。現段階の利益は少なかったとしても、今後の成長が期待される企業の評価に適している方法といえます。
「DCF法」「収益還元法」「配当還元法」がありますが、これらの弱点としては、事業計画書などの将来予測を基準にして算出するので、客観性を欠きやすくなるところです。
◆3. マーケット・アプローチ
市場価格を基準に企業価値を算出する評価方法で、上場企業の中から類似する業種・規模の企業を探し、比較対象にして価値を算出します。
その方法は、「類似会社比較法」「類似業種比準法」「市場株価法」がありますが、いずれも類似企業を探し出せるとは限らないところが弱点となります。
「現金を残しておけば、子どもたちは困らないだろう」と考える方は多いのですが、そもそも相続財産がいくらなのかを定めることが難しいため、特別受益の額が争われる遺産分割協議は難航しがちです。現金だからといって、分けられないのです。
※ 2016年12月19日最高裁大法廷の決定以降、それまで相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されるとされていた預貯金も財産分割の対象になりました。