〈「商品市場」について〉
工業製品などの完成品(product)に対して、原材料やエネルギーなどに用いられる品目を商品(commodity)という。商品という日本語は完成品を指すこともあるため、混乱を避けてコモディティと英語読みすることもある。
商品市場では非常に幅広い品目が取引されており、それぞれの商品で特徴や値動きが異なっている。商品市場全体の値動きを示す指標として、CRB指数がある。正式名称はThomson Reuters/Core Commodity CRB Indexといい、4分野19種類の商品から構成されている。
商品はそれぞれ独特の取引単位がある。原油ではバレル(約159リットル)、穀物ではブッシェル(トウモロコシ約25kg,大豆約27kg,小麦約27kg)、大豆ミールではショートトン(約907kg)、金やプラチナではトロイオンス(約31g)などがあり、砂糖や綿花など重さの単位としてポンド(450g)が使われる商品も多い。
〈「先物取引」だけでなく、多くは「ETF」も利用可能〉
生産者や加工業者などの商品の取り扱い業者は先物取引を利用するが、多くの商品でETFも利用できる。例えば個人投資家が金に投資しようとする場合、金の先物取引、金ETF、地金(ingot、じがね)の購入、金貨の購入などの方法がある。中国、インド、アフリカ諸国などでは個人の金投資も盛んにおこなわれている。
農産物:穀物/カカオ・コーヒー/パームオイル
穀物、油糧種子、乳製品、畜産物、果物など多様な農産物が国際的に取引されている。ICE(Inter Continental Exchange)やCMEグループのCBOT(Chicago Board Of Trade)などの指標が国際的に用いられている。農産物は人間用の食料として用いられるだけでなく、畜産動物の飼料、農産物の肥料、エネルギー源などとしても用いられる。近年は、植物由来のプラスチックを生産するための原料としての需要もある。
穀物では、小麦、大豆、トウモロコシが主要な作物である。アジアやヨーロッパの一部では米も生産されている。中国は小麦や大豆の主要生産国ではあるものの、国内生産が国内需要を賄いきれずに輸入国になっている。中国の景気動向や貿易政策は国際的な穀物価格に影響を与えている。
大豆は、大豆そのものの他に大豆油を絞った後の搾りかす(いわゆる、おから)も大豆ミールとして国際的に取引されている。大豆ミールは家畜の飼料などに使われるが、日本は家畜飼料の大部分を輸入している※1。トウモロコシにはいくつか種類があり、スイートコーンは食用、デントコーンはコーンスターチや飼料、フリントコーンは加工食品や飼料として使われている。また、トウモロコシはバイオエタノールの生産にも用いられている。
※1 穀物を生産するためには大量の水が必要となる。肉類を生産するためには飼料として大量の穀物が必要となる。従って、飼料や肉を輸入するということは、大量の水を節約するということを意味しており、この計算上の水をバーチャルウォーターまたはグリーンウォーターという。日本の食料自給率を上げようとすると大量の水が農業用水として必要となり、工業用水や飲料用水が不足する。
アメリカは大豆とトウモロコシの生産で世界1位だが、アメリカの農家は連作障害を避けるために大豆とトウモロコシを交互に生産していることが背景にある。しかし、アメリカの農家は大豆とトウモロコシの先物価格を比較しながら生産量を調整する。シカゴの先物価格は、アメリカ国内の需給だけでなくブラジルなどの他の生産地の天候や貿易政策などの影響も受けるが、トウモロコシの先物価格が高いと大豆の作付面積を減らしてトウモロコシの作付面積を増やすというような調整が行われる。
21世紀に入って途上国でもカカオ(チョコレートの原料)やコーヒー豆の需要が増大しているが、生産国は限られている。コーヒー豆の収穫では機械化も進んでいるが、手作業での収穫を行っているところも多く、作業条件が厳しいことから人権問題への懸念も大きい。特にカカオ生産では国際的に人権問題が問題視されていることから、ネスレなどではカカオ農園を自社で運営して人道に配慮した収穫を目指している。
パームオイルはアブラヤシの実や種子を絞ったものであり、比較的安価で融点の低い性質から揚げ油などの需要が高い。東南アジアでは重要な換金作物でもある。しかし、アブラヤシを植え付けるために森林を伐採して環境問題を引き起こし、プランテーションでの児童労働も問題視されている。パームオイルを燃料に使えばカーボンニュートラル※2を達成できるものの、そもそも森林を伐採して生産していることからカーボンニュートラルだと認めていない国もある。
※2 木材チップを燃やして発電のエネルギーにすると木材からCO2が発生するが、木の成長過程で大気中のCO2を吸収するため、トータルではCO2を増やしも減らしもしない中立だということを指している。さらに、近年はパームオイルの発癌性なども問題視されている。なお、日本ではパームオイルの使用に関して規制や表示義務がない。
農産物の市場価格は刻々と変化しているが、農家がそれに対応させて機動的に生産量を変化させることは難しい。作付から収穫まで1年かかる作物を考えてみよう。悪天候や需要の増加などで価格が高騰するのを見て農家が作付を大幅に増やす決心をする。多くの農家が同じことを考えて作付を増やせば、翌年は収穫量が大幅に増えて価格が下落する。価格の下落を見て翌年の作付を減らす動きが大勢を占めると収穫量が減少して価格が上昇する。天候悪化や病害の発生など大きなショックが発生すると、このようなサイクルが数年間続くこともある※3。
※3 ミクロ経済学での蜘蛛の巣理論はこのようなサイクルを説明している。
その他:天然ゴム/ダイヤモンド
天然ゴムはゴムの樹の樹液(ラテックス)を固めたものであり、現在は4分の3がタイヤに使われている。ラテックスは白色だが、タイヤに加工する際に炭素を加えるため黒くなる。天然ゴムの価格は産地の天候などの他、国際的な自動車市況の影響を受けている。
ダイヤモンドは炭素の結晶であり、非常に高価な宝飾品として流通しているが、大部分は工業用ダイヤモンドとして利用されている。ダイヤモンドは硬度が高いことから、粉末状にして切削工具などに利用される。宝飾用では、近年は人工ダイヤモンドの質が上がって天然ダイヤモンドとの見分けが困難になってきており、あえて安価なダイヤモンドとして人工ダイヤモンドを販売する動きも出てきている。
ダイヤモンドはロシアやアフリカ中南部で生産されているが、紛争ダイヤモンドの問題が指摘されている。アフリカでは武装勢力などが強制労働などによってダイヤモンドを生産しており、正規品に混ぜられて流通しているといわれている。ダイヤモンドはカットしてしまえば正規品と紛争ダイヤモンドの見分けがつかない。国際的な認証制度もあるもののデータ管理の恣意性の懸念もあることから、ビットコインのブロックチェーン上に履歴を記録するEverledgerなどの取り組みも行われている。
川野 祐司
東洋大学 経済学部国際経済学科 教授